瀧と紅葉と六甲と

有馬四十八瀧めぐりと有馬の紅葉とトレイルランニングを一度に

楽しもうというイベントを行いました。

阪急岡本に集合したのは10人。

今日は八幡神社から一軒茶屋を目指す。

八幡谷から打越峠で一服した後、黒五谷へ下る。

ここは少しだけですが気持ちよく走れる道。

Kっちさんが楽しそう。

そしてこの黒五谷は結構紅葉の綺麗なところ、しばし撮影タイム。

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そして沢沿いを登って行くと、

芦屋川から最高峰への

メインストリートと合流する。

さすがにこの季節このルートは

大混雑。

あちこちで渋滞が発生。

あんまり走るどころではありません。

結局2時間以上かかって一軒茶屋へ到着。

お昼にしましょう。

誰だ、さっそくビールを飲んでる奴は。

さてここから山上道路を西へ走り極楽茶屋跡から紅葉谷道へ

入る。この道は少し岩が多いですが快調に下る。

JTNくんが膝を痛めているようでちょっと苦しそう。

Mっくんはあいかわらず速いわ。

しばらく下った後、脇道へ入り本日のメインイベント、

瀧めぐりの開始です。

ここからは走れる道ではありません。

ハイカー的にいう難所が続きます。

いきなり藪漕ぎまがいの道。

普通の登山道は時々下草刈りをやってますが、

こういう道ではまずありません。

おまけに片側は急な斜面、滑り落ちそう・・・。

皆さん気をつけてください。

今回のイベントを立ち上げる時に、トレイルランニングとしては

距離も短いので、初~中級と書いていたのですが、文句が続出。

怖い~っ。どこが初級や!  殺す気か。

やっぱりうそつきジャンさんや、などなど、さんざんです。

申し訳ございません。でも楽しいでしょ。

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そうしてたどり着いた百間滝。

                                       

                                       

                                       

                                       

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その少し奥に似位滝

この二つが有馬四十八滝の

中でも大きい滝です。

                 

                 

                   

                    

                                                

いったん登山道へ戻り、別の脇道へ。

ここがまた大変、枯葉の積もった急な下り道。

ひと一人やっと通れるやせ尾根、その横はえぐれた谷。

絶景だけど、さすがに足がすくむ。

沢を越えた後、今度は急な斜面を登る、手がかりは一本垂れた

トラロープ、登りきると大きな倒木を乗り越え、今度は急な斜面の

トラバース(横切り)、さらにロープを伝って沢へ下りる。

もうアドベンチャーマラニックだ。

沢を少し登ると蜘蛛滝。滝に溶け込むMっくんの図。

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今度は沢を下っていく。

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みなさんへっぴり腰。

気をつけてください。

                  

                    

                     

沢の分岐を少し入ったところにある七曲り滝。

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岩を越えまたまたトラバース。

すぐ横には蟇滝があるんですがみんな見る余裕なし。

そしてやっとこさ紅葉谷道へ戻ってきた。

ここでT姐さんの一言。

"普通の登山道が舗装路のように感じるわ"。

ご苦労様でした。

やっと少し走れる。

しかしやはりかなりの混雑で思うようには行かない。

さらに有馬へ向けて下っていくと、今日別パーティーで

有馬へ向かっていた嫁と遭遇。

職場の方たちと有馬へ紅葉見物です。

追い越していくと道も広くなってきたので快調に走れる。

しかしJTNくんがやはりつらそうだ。

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鼓ヶ滝公園で最後の滝を見てまわりの紅葉も見ながら

瑞宝寺公園へ向かう。

                       

                        

                        

                         

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今年の紅葉はいっせいに

色づいていなくて、

確かに部分的には

見事な色を見せて

くれている木もあるが、

まだ緑のままの木、すでに散ってしまっている木が

混在している。

だから全体としてはもうひとつという感は否めない。

これも温暖化の影響のひとつかもしれないですね。

銀の湯で湯浴みの後、ちょっと一杯と思ったのですが、

この人出でどこも一杯のようなのでとりあえず芦屋まで

帰ることに。

阪神芦屋でちょっといい気持ちになって解散でした。

皆様、はらはら、どきどきのアドベンチャーマラニック

お疲れ様でした。

また行きましょうね、えっ、もういらん?、すいません。

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リセット

ハセツネが終わった。

実は今年の目標はもう一つある。

もうひとつというか二次的産物というか・・・。

山ばっかり走っているとフルマラソンにどういう影響が出るのか、

という実験。

諸説あって、足の筋力はアップするし、心肺能力は鍛えられるし

さまざまな体の動かし方をするので体のバランスも良くなるし、

速くなるに決まってるやんという考え方。

反対に確かに筋力はあがるだろうが、車でいえばローギアで

走り回っているようなもの。トップギヤはさびついてまっせという

意見。

どちらもなるほどとは思いますが、自分の体はどうなっているんだろう。

ぼちぼちロードを走り出した感覚は後者の感じかな。

どのレースで試そうか、福知山かとも思いましたが、1ケ月ちょっと

では調整も何も出来ないだろうと思い、12月23日の加古川に

照準をあわすことにする。

当然スピード練習中心か・・・、

やっぱり ペース走? インターバル?

なかなかつらそうですが、がんばりまっしょい。

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堺マラニック

気持ちの良い季節になった。

山でなくても走っていて気持ちがいい。

たかNYR女史からお声がかかった。

「堺マラニック」、歴史の街堺を甘味処も含めて走りまわる。

JR堺市駅を8名でスタート。

まずはイチゴ大福の一心堂を目指す。

途中、こんもりした楠の大木を発見。

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寄り道すると頓宮西宮の碑、

調べてみるとこの近くの

金岡神社の御旅所ということ。

出張所といったところですか。

でも立派な楠です。

昔は畑の真ん中に悠然と

立っていたそうです。

さらに西高野街道を行く。

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この道は堺から河内長野、

そして紀美峠を越えて

高野山へ到る街道で4本ある

高野街道のうちの一本です。

この道は江戸時代の

一里石の標柱石13本が堺から高野山まですべて

残っているそうです。

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確かに町並みには

古い塀や由緒のありそうな

建物が残っており、

雰囲気のある道でした。

                                                                                       

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一心堂到着、

この季節、イチゴは

どうかなと思い、メ

ロン大福を食す。

すごくジューシーなメロンだ、

うまい。イチゴ大福をつまみ食いしたが、こちらもなかなかのイチゴでした。

さてすぐ近くの萩原天神へ、境内には”なで牛”がいる。

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新旧二匹並んでいたが、

古い方はかなりすり減って

いて、だれかがこっちは

カバかなとつぶやく、

全員大笑い。

                                                 

ここは元々、萩原寺というお寺で名僧行基の開基、10世紀ころに

道真公を祀るようになって天神さんになったようです。

しばらく細い道をくねくねと行き、方向感覚が麻痺した頃に、

出雲大社の大阪分祠で一服。全国に数ある分祠のひとつ。

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恥ずかしながら堺にあるのは

知らなかった。

立派な出雲さんです。

島根の出雲大社もそうですが、

前々からあの立派さは不自然な気がしています。

なぜ国を譲らせた相手を神としてあそこまで手厚く祀るのか。

現在の出雲大社もりっぱですが古代のものでもその高さは

48メートルもあったのではないかといわれています。

あの時代に今で言えば13階か14階建てのビルと同じ高さの

神殿を作っていたとは・・・。

これはやはり国譲りとは侵略戦争であって、滅ぼした相手のたたりを

恐れた天皇家の祖先が難を逃れる為に神として祀り上げたのではないかと

思うのですがいかがなものでしょうか。

天皇さんの話が出ましたが、このあたりは仁徳天皇陵をはじめとして

多くの古墳が存在します。

犬も歩けば古墳にあたるほど?

万世一系といわれる天皇家ですが、何回かの王朝交代劇が

あったのではないかとも言われています。

そのひとつが応神天皇を始祖とする河内王朝でこのあたりを中心に

栄えていました。もちろん仁徳さんもこれに含まれています。

ちなみに応神天皇は八幡神とされ、全国のほとんどの八幡神社は

神功皇后とともに応神天皇を祀っています。

この近くの百舌鳥八幡神社もそうです。

また古墳もすべてが天皇陵ではなく、このあたりで力のあった

豪族の首長の陵墓もたくさんあるようですね。

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次に寄ったのが

ニサンザイ古墳、

全国でも8番めの大きさの

古墳にもかかわらず

宮内庁では誰の墳墓かは

特定せず陵墓参考地ということになっている。

宮内庁の管理下にあるため、調査も出来ない状態が続いている。

ここに限らず、学術的な調査が出来るように、宮内庁さんには、

もう少し柔軟な対応が出来ないものでしょうか。

さて次は家原寺、先ほども出てきた僧 行基の生誕の地といわれる

所です。

この行基というお坊様、なかなかのお人でありまして、僧としての

活動はもとより、治水、灌漑、架橋、貧民救済などさまざまな事柄に

才能を発揮して世のため人のために多大な貢献を為した人なんです。

すると民衆に人気が出るのは当たり前、そのために、民衆を扇動した

ということで弾圧を受けてしまう。

だが彼の活動により墾田開発や社会事業が進展したこと、その活動が

反政府的な意図が無かったことにより、やがて朝廷の方が彼の

技術力や農民の動員力を利用するようになり大きな業績を

上げるようになったそうである。

その生家跡の家原寺、文殊菩薩が本尊であることから現在では

合格祈願のお寺として有名である。

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この通り。

                     

                        

                        

そしてこの本堂のすぐ横に鎮座しておられるこの方、賓頭廬尊者

(びんずるそんじゃ)といわれる方です。

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いわゆる撫で仏であり、

なでたところの疾患が直ると

いわれております。

またお酒の失敗ばかり

しておられた方という話もあり、

すごく親近感を持ってしまいました。

もう少し進むと大鳥大社に到着。

ここ大鳥大社は日本武尊が熊襲を征伐し、東国を平定したあと、

伊吹山で傷つき、三重でなくなった後で、この地へ舞い降りた

ことが起源となっています。

そろそろ腹減ったとの意見多数につき、津久野駅前にて

コロッケをいただく。揚げたてで美味しいですね。

胸焼けするかとも思いましたが大丈夫でした。

さあここからは古墳のはしごです。

履中天皇陵、仁徳天皇陵、いたすけ古墳、銅亀山古墳、

丸保山古墳と続きます。

そしてたどり着いたのがここ、かん袋。

そしていただいたのがこれ。

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くるみ餅の上にかき氷が

乗っている。

氷があることによってあっさりと

いただける、これはおいしい。

そして堺市駅へ帰る。

一番最初の予定からかなりの部分を省略したが結局33キロ

あまりの道のりでした。

省略しなければフルマラソン並み?

自分としてはハセツネのダメージが少し残っており、最後は

少し辛かったところもありましたが、歴史の見どころたっぷりの

マラニックでした。

美味しい物も食べられたし、たかNYRさんありがとうございました。

そしてサポートのわかちゃん、JALANさんお世話様でした。

またお願いしますね。

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日本山岳耐久レース

やっとその日が来た。

第17回日本山岳耐久レース、ハセツネカップ。

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スタートは10月11日13:00、

71.5キロ先のゴールを目指す。

                    

                      

諸事情により当日早朝の新幹線を利用で会場到着は11時前。

あんまり余裕はない。

更衣室の体育館はどこも満員、少し離れた小学校の方で

微妙な隙間を見つけて陣取る。

着替えて、水・食料をバックパックに詰込むともう12時半前。

有名選手の顔でも拝もうかと会場をふらふらしていると、

楽ランEASTのとらはちさんが見つけてくれた。

今年は13時間切を目指すそうだ。しゅうすけさんも来ている

みたいだしがんばりましょう。

開会式が始まっている。

今大会の名物にもなっている方でコース上にある御岳神社の

神主さんが選手宣誓だ。

さすがに気の利いた宣誓だが、マイクの調子が悪く、

尻切れトンボ、ちょっと残念。

こんな方たちがいて、普通のレースにはない一種独特の

雰囲気があるようですね。

スタートが近づいてきた。

持ち時間によって並ぶので目標のタイムである16時間の

看板の後に並ぶ。

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みんなでカウントダウンして、

さぁ長い旅の始まりだ。

応援の”いってらっしゃい”の声が

素直に聞ける。         

いってきます。

沿道にはたくさんのファン、関係者、友達、親戚、野次馬?

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さすがにハセツネのスタートとも

なると、応援している方の

気合の入り方もかなりのもんです。

                     

腹の底から絞りだすような声援が飛び交っている。

それは自分に対しての物だと勝手に思いこんでいると、

その声をかけられるほうに自分がいることになんか妙に

感動してしまいました。 

これこそスタートラインに立てる幸せですよね。

なにはともあれスタートしてしまった、もう突き進むしかない。                            

最初の内は市街地ですからいいですが、2千人が山道へ

突っ込んでいくと渋滞は自明の理。

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22キロの第1関門ぐらいまでは

どうにもならないだろうと

覚悟はしてきた。

先は長いよ、のんびり行こうと

自分にも言い聞かせる。

明るいうちに景色でも楽しんでおこう。

変電所横を通り、最初に目指すのは今熊神社。

昔、安閑天皇の頃(大化の改新の120年ほど前)に皇后が

いなくなった時、今熊神社に祈願すると、見つかったので

それ以来今熊山はよばわり山と呼ばれ、行方不明者を探す人の

信仰を集め、関東有数の霊山として繁栄したそうです。

ここに伝わる伝統獅子舞は見事で、市の無形文化財にも

指定されているそうな。

選手の中には山に入るにあたり、参拝していく人もいる。

ちょっと足が向きかけましたが、トイレだけ拝借。

今度ゆっくり来させていただきます。

さて道程は進み次は入山峠、渋滞の名所です。

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登り口は細い階段しかないので、

その手前に長~い行列が

出来ている。

これ幸いと燃料補給、

今回の食料は、おにぎり・パワージェル・ゼリー飲料・一口羊羹・練り梅

・蜂蜜、そしていつもこばやんがくれるドラ焼を特別にお願いして

仕入れてもらった。

これらを渋滞中や歩いている時などにぱくつく。

今回の戦略の一つに出来るだけ止まってしまっての休憩を

とらないようにしようというのがあって、特に前半は数珠つなぎ

なのはわかっているから、止まっての休憩は即ポジションの

後退につながり、人ひとりが通るのがやっとのシングルトラックを

追い抜いていくのは不可能。

それは結局ゴールタイムの頭打ちにつながる。

だから本当はスタート時点で思いっきり前へ並べばいいのだけれど

それをすると今度はまわりにあおられて足をつぶしてしまう。

だからこのポジション取りが一番難しいのかもしれない。

さて市道山、醍醐丸、生藤山、もうすぐ第1関門というところで

日が暮れた。

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ヘッドライト点灯。

最近は性能もどんどん良くなって

とてつもなく明るいのを持っている

人がいる。               

そんな人に後に付かれると自分の影で前が見難くなってしまう。

少しでも明るいのを持っておくべきだね。

いよいよ第1関門の浅間峠、5時間13分。

渋滞を考慮した予定タイムより若干早いが5時間を切って

行ければなぁとも思っていたので、もう少し前でスタートするべき

だったかなどといろいろ考えながら通過。

結構な数の人がへたり込んでいる。

まとめて追い抜いたというところか・・・。

日原峠、笛吹峠、西原峠、おにぎりタイムでちょっと一服。

かなり足にもきている、これから最高峰三頭山への登りが

待っているのに、こんなことでは先が思いやられるぞと

自分を叱咤激励。

だんだん角度が大きくなってきた。

ふとももは、じんじん言いっぱなし。

このあたりは試走で来ている。

ブナの森が広がっていたはず、まわりを見回すとやはり

ブナの木だ。

おっちゃんはがんばっているぞと語りかける。

なんのこっちゃ、足だけでなく頭にもきたか・・・。

前を見ると蛍がいっぱい飛んでいる。

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選手のザックやウェアの

反射素材が光ってます。

ようやく三頭山頂上。

足が痛い・・・、座り込んでいると動きたくない。

”もう半分も来た”と気を奮い立たせ出発!

今度は厳しい下り、いくら下りが好きだとはいえ足は悲鳴をあげる。

目指すは第2関門、月夜見峠。

ここではまさゆきくんがスタッフでいるはず、11時頃の到着予定と

言っていたがほぼ予定通りに行けそうだ。

この辺になると直前の目標を決めて、ひとつずつクリアーして行く。

そういう意味で試走していることは大きい。

次の目標が風景として頭に浮かぶ。

第2関門到着、10時間3分。

予定表からはまだ上回っている、この調子だ。

標高1500メートルを越えて来たにしてはあまり寒くない。

どうりでハイドレの水は空っぽ。

1.5リッターの給水を受ける。

たぶんこれだけでは足りないだろうなぁ、御岳神社の手前の

湧き水を汲まなくっちゃ。

またおにぎりをかじり出発。

パワージェルはフラスコに入れ1時間に2口ずつほど

食べ続けているが、今回気に入ったのは蜂蜜が

美味しいこと。

気のせいか足のじんじんにも効くような気がした。

これから愛用さしてもらおう。

次の目標は御前山、三頭山にも匹敵する登りだ。

なんとかクリアーすれば今度は大ダワ。

試走のイメージと違って遠い、走っても走っても山道は続く。

何とか到着したが精神的にだいぶ痛んでしまった。

かなりやばい状況、しばらくへたり込む。

なかなか動き出す勇気が出ない。

レース中一番つらい時間帯でした。

動かなければ終わらない、意を決して進む。

後は大きなアップダウンは大岳山だけだ。

しかし大岳山は岩の山、登りも下りも岩だらけ。

またまた足が痛めつけられる。

でも御岳山への緩やかな下りを走っていると足が回復する。

なんだこれは・・・、ちょっと違う感覚だ。

無理にでも走っているほうが楽になってきた。

先も見えてきたし、気持ちも盛り上がってくる。

御岳山、第3関門、14時間31分。

よーし、あと13キロと走り出したとたんコース上で

通せんぼをするおっさんが一人。

えっ、道を間違えたかとおろおろしていると、よく見ると

なんとどらごんさんではないか、横にはなんとなんと嫁が

いてるし、なんじゃこりゃ、どないなってんねん。

内緒で深夜の応援隊を結成していたらしい。

ありがとう、またまたいっきょに気持ちも盛り上がり、

残りをぶっ飛ばす。

おかげさまでこの後、しりもち、転倒を5、6回体験させて

いただきました。今までどんなに山を走ってもこけたことは

無かったのに・・・。

日の出山からは日の出ではなしに素晴らしい夜景を見たあと

ゴールまでの緩やかな下りをたまたま行き合わせた3人が

意地の張り合いのように走り続ける。

そしてようやく明るくなりかけた頃にゴール。

16時間36分、ネットは34分。

ゴールの瞬間、”ジャンさん”の大きな声。

しゅうすけさんが待っていてくれた。

彼も30分ほど前にゴール、去年は二日酔いで出走し

ボロボロだったらしい。今年はリベンジでしたね。

長い旅路でした。

山道を使って2千人もの人を集めてレースを行う意義とか、

そのことによって影響を受ける自然環境についてなど、

色々物議をかもしているが、今回ハセツネに出てみて

確かにどういう位置で渋滞に巻き込まれるかである程度

順位が決まってくるというどうしようもない事実はあり、

本当にレースしているのは先頭近くの限られた人だけ

だという人もいる。

と同時に、この大会を愛し、運営している人たちの熱い

思いも感じることができ、完走者に対する暖かい称賛は

嬉しいことこの上ない。

そして長谷川恒男カップの名が示すようにいわゆる山屋さんの

参加も少なからず見受けられ、日の出山で朝日を見るためだけに

参加する人もいるし、なにか独特の雰囲気がある。

ただのトレイルレースではない”ハセツネ”という大会なのかな。

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ついに来た~っ!

10月11~12日に行われる”日本山岳耐久レース”の案内と

ゼッケンが来た。

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昨年末に挑戦してみようと

決めてから、思ったことの半分も

できていないような気がするが、

いよいよ覚悟を決めなければ・・・。

先週の六甲縦走往復のダメージが結構あって、今はジョグ程度

の練習で疲労抜きに徹している。

思えば今年から始まったポイント制のおかげで、春には

東京まで遠征して、ハセツネ30Kを走り、また日本山岳救助機構に

入会してポイントを獲得、ポイント枠での出場権を手に入れた。

おかげで早いもん勝ちの申し込み合戦はやらなくてすんだ。

そして遠征の折には、楽ランEASTの連中とのマラニックと、

懇親会まで開いていただいた。

夏にはどらごん社長に試走のお誘いを受け、またまた遠征。

1日目は社長、2日目はしゅうすけさんの案内で

全コースの約70%程度を走ることが出来た。

自分でもそれなりに練習はしてきたつもりだし、こうして

たくさんの人にお世話にもなって、ようやくスタートラインに

立とうとしている。

今はわくわくして仕方がない。

もう後は体調管理だけだ。

しょうもない風邪を引かないように、新型インフルエンザにも

気をつけなくっちゃね。

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不滅の法灯

ブログ上では前後するが、縦走往復の前日、京都の比叡山

延暦寺へ行って来た。

日本の仏教の大本山にもかかわらず、神社仏閣めぐり好きにも

かかわらず今まで行ったことがなかった。

以前に一度マラニックでそばをかすめて走ったことがある程度。

今回はランなしで訪れてみた。

比叡山延暦寺。

伝教大師最澄によって開かれた平安仏教の本山。

最澄といえば弘法大師空海を連想するが、この二人、唐への

留学は同じ船で出かけている。

ただその地位は全然違い、最澄はエリートコースを歩んできた

超有名人で桓武天皇のブレーンにもなっているほどのお方、

かたや空海は自費で旅費を捻出して参加の貧乏学生。

空海さん自身もこの留学について自ら”虚しく往きて実ちて帰る”

と表現している。

つまり身も心もボロボロで行って、バリバリで帰ってきたよ

ということ。

往路はよほどみすぼらしかったのかもしれないね。

しかし唐において密教の第七祖恵果和尚に師事し、

師が亡くなった時には全弟子を代表するような地位にまで

なっていたそうです。

つまり密教の本流を学び、数々の経典なども手に入れ、

2年後に帰国する。

一方の最澄さん、エリートさんらしく多方面にわたり

お勉強している。

天台教学、大乗菩薩戒、禅、そして密教も・・・。

彼の場合は1年後に帰国していたのだが、空海が帰ってくると

どうやら密教については空海の方が上手だということに気づく。

しかしそこはまじめな最澄さん、エリートの見栄をはる事もなく、

密教においては空海に対し師に対するがごとく接し、

経典の貸出しも受けて研究に取り組む。

しかし空海が貸出しを断ったり、最澄の弟子が空海へ

くら替えしたりして、徐々に対立しだす。

この頃密教による加持祈祷が平安貴族の間ではやっていて

空海の密教は京の東寺を道場としていたので東密、

最澄側は天台ということで台密と呼ばれて競い合う。

いずれにしても新興宗教だった奈良仏教が平安仏教として日本に

しっかり根付きだす頃の熱い争いです。

そして空海さんは真言宗、最澄さんの弟子円仁、円珍により

日本天台宗の基礎が築かれ、この延暦寺で修行した法然、栄西、

道元、親鸞、日蓮などがそれぞれに宗派をたて、仏教は

発展していく。

Photo 最澄さんの教えの根本

「個々が一隅を照らす人になる」

つまり一人一人がたとえ

わずかでも精一杯輝ければ

周りはどんどんよくなっていく

という教えです。

                      

                    

延暦寺には開かれて以来、えんえんと守り継がれてきた

”不滅の法灯”がある。

Photo_2それは 総本堂

国宝根本中堂の

本尊薬師如来像

の前で光り輝いている。

              

正確には織田信長の焼き討ちに遭っていったん途切れたが、

他の寺に分灯されていたのを再び戻して復活したようです。

浄土真宗の本願寺も信長と戦っているし、延暦寺も

浅井、朝倉に肩入れして信長を随分苦しめていた。

確かにこの頃は宗教が武力を持ち、時の権力者に対抗する

図式は時々見受けられますが、延暦寺にも生臭坊主も

けっこういたようですし、信長さんもついに堪忍袋の緒が

切れたんでしょう。

Photo_4

歴史の波を受け続けた

延暦寺にはさまざまな史跡が

一杯だ。

これは大塔宮護良親王の碑。

建武の新政の後醍醐天皇の

第三皇子で延暦寺の最高の

地位である天台座主にまで

登った人、これも延暦寺の武力を鎌倉幕府を倒すために

利用しようとした後醍醐天皇の遠謀であったといわれ

親王もそれに応えて僧侶としての修行そっちのけで、武芸の

鍛錬をしていたような天性勇武の質だったらしい。

しかし結局足利尊氏の弟、足利直義に暗殺されてしまう。

いつまでも興味は尽きませんがそろそろ帰ろうとロープウェイ

方面に向かっていると、なんか見覚えのある景色。

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以前に土砂降りの中

マラニックで通った道に出た。

                 

                  

                   

少し開けた広場から北側に広がる山々がよく見える。

天気がよく、空気も澄んでいてかなり遠くまで見通せる。

Photo_6

比良山らしい。

                 

                    

        

Photo_3  

これも焼き討ちの時に

殺された人の供養塔かな。

女性や子供たちまで

やられたそうだからね。

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そのすぐそばには

こんなきれいなトレイルが・・・。

以前は土砂降りで全然

わからなかったけれど

おもわず走っていきたくなるような道です。

ずっと歩いていると、走りたくなってきた。

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六甲全山縦走往復

ハセツネが近づいてきた。

以前から最終調整は六甲全山縦走往復と夜間縦走と思っていた。

そんな話をできるのは・・・、Mっくんでした。

彼はウルトラの経験も豊富だし、もちろん六甲はしょっちゅう

うろついているしトレイルレースも数多く出場している。

ひとりでやれば絶対に途中くじけるのは目に見えている。

ぜひぜひ付き合ってもらわなければ・・・。

そんな話をしているとけっこうその気!

ということでやることになった。

Mっくんが楽ランのイベントとして立ち上げてくれた。

タイトルは六甲逆縦走(宝塚→塩屋)。

ただしオプション付、それは前夜10時発で塩屋から

宝塚までの夜間走。

つまり徹夜で宝塚へ行き、そのまま朝宝塚を発って

引き返してくるというもの。

逆縦走だけの参加者は女性3名。

宝塚発は7時半の予定、前夜10時スタートだと

前半9時間半で行かなければならない。

夜間走、そして往復を考えるとちょっと苦しいかなと思い、

スタートを9時半にしてもらう。

メールで女性一人欠場の連絡。

塩屋へ向かう電車の中でMっくんと出会う。

いよいよスタート。

塩屋の市街を抜けるとすぐ山道、真っ暗です。

ヘッドライト点灯。

思ったよりよく見える、しかし当たり前だが照らされている所

以外は真っ暗。すごく集中します。

いつもの縦走より時間が速く流れる感じ。

目の前の土、岩、草を見つめながら道程が進んでいく。

しかし下りのスピードは落とさざるをえない。

かなり恐怖感を感じる。

つまり、明るい時は直接見ているところ以外にいかに

視界でまわりの情報をつかんでいるのがよくわかる。

序盤のメインイベント、須磨アルプスの馬の背も

まわりが見えなければただの道。

高取山、菊水山、鍋蓋山と順調に進んでいく。

Photo

鍋蓋山

予定の10時間では

いけそうだな、

などと言いながら一服。

神戸の100万ドルの夜景が

1万ドルずつ程度が時々見える。大龍寺山門、市ヶ原、摩耶山、ガーデンテラス

そして最高峰。

Photo_2

夜の写真は全然

面白くないね。

                 

                  

そろそろ空が明るくなってきた。

宝塚への下りは明るいところを走れそうだ。

7時20分宝塚温泉到着。

往路9時間50分。

宝塚温泉前でへたっているとJママとKばっちさん到着。

誰も来なかったらMっくんと二人でビール飲んで

帰っていたかも・・・。

これは二人の共通意見です。

さぁ、気持ちを切り替えて、復路だ。

余裕なんて全然無い、足がどこまで持つか、

気持ちがいつ萎えるか、それだけです。

塩尾寺への登りで置いていかれそうになる。

女性二人は元気、当たり前か。

Kばっちさんは東六甲の登りもどんどん行く、Mっくんが追う。

Jママは練習不足もありちょっと辛そう。

何とか最高峰までは行ったが、そこから下山。

あとは三人行。

Photo_3

摩耶山掬星台。

100万ドルの夜景は

ここからの景色。

昨夜も綺麗かったよ。

などとといいつつ通過。

天狗坂、稲妻坂と厳しい下りを行く。

この頃は足も麻痺してきたのか、けっこう調子よく下れる。

しかし鍋蓋、菊水を越えた頃からどうしようもなく辛く

高取山にかかる頃には最高潮。

しゃべる気もうせて、ただもくもくと進むだけ。

何とか妙法寺を抜け、東山へかかったところでKばっちさんが

時間の都合で下山、遅くてすいませんでした。

彼女は強かった、普通に縦走すればゆうゆう完走でしょう。

もう後はたどり着くだけ。

そして8時数分前、スタートから約22時間30分、ついに

塩屋駅まで帰ってきた。

距離にして約90キロ、累積標高約6400メートル。

ハセツネに向かって大きな自信になりました。

Mっくん、Kばっちさん、Jママ みんなに”ありがとう”です。

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水都大阪 渡船マラニック

大阪には渡し舟がある。

区で言えば大正区、港区、この二つの区は

言わば川に囲まれた島。

もちろん橋はいくつもかかっているが、

同時に渡船も運行されている。

港湾内を往来する船を通す為に橋の高さがかなり高くなるため、

歩行者や自転車が通行しようとすると無理があるところから

渡船が利用されているそうだ。

昭和10年頃にほとんどが市の直営になったのだが

渡船場31箇所、保有船舶69隻もあったらしい。

現在は8箇所に減ってしまったが、地元の人たちの足として

欠かせないものであるとともに、繁華街や観光地では

見られない、普段着の大阪に触れることができるスポット

として、静かな人気を呼んでいるそうだ。

さてこの8箇所の渡船をすべて利用しようという

イベントに参加、もちろん渡船と渡船の間は

すべてランニングでつなぐ、題して”渡し船マラニック”。

このレトロな響きにつられて14名もの物好きが大正駅に集合。

まずは木津川をわたる落合上渡し。

Photo

一番上流の渡しです。

すぐ北には 木津川水門がある。

こんな船です。

ここを渡ると西成区。

しかし10分以上待って

乗船時間1分ほど、

これって・・・。

少し走って次は落合下渡し。

Photo_2

大正区へ戻る。

次の船まで

あんまり時間がない、

飛ばせ~っ!

             

           

              

千本松渡し。

Photo_3

再び西成区。

名前からすると昔は

松がいっぱい生えていて

その間から渡し舟が

ぎぃ~こ、ぎぃ~こ

と漕ぎ出て行く絵を

想像してしまいました。

渡船の上空35mには千本松大橋がかかっています。

その高さまで上るのに橋の両側はぐるぐる円形のスロープ

になっていて通称めがね橋と呼ばれているそうです。

確かに歩行者があそこまで上って橋を渡っていたら

何分かかるかわかりませんね。

走りながら住之江区へ入る。

次は木津川渡し。

Photo_4

ここは渡船に乗るみんなと

別れてMっくん、Mチョと

三人で橋を走って渡る。

橋まで駆け上がるのが

つらい、心臓バコバコ。

下りるほうはめがね橋同様、

円形スロープでくるくる下りてくる。

目が廻りそうだし、やな感じ。

下りたところにこんな物が。

Photo_6

飛行場だって。

大正12年から昭和14年まで

この辺にあった水上機、

陸上機両方の飛行場

だそうだ。

              

              

下りるとまたもや大正区。

船町渡し。一番短い航路の渡船です。

Photo_7                    

                 

                  

                  

                  

                 

                   

                

千歳渡し。

Photo_10

ここは珍しく、元々あった

橋を撤去した時に

新しく設けられた

渡船だそうです。

港湾整備のため

のようですね。

               

次は甚兵衛渡し。

Photo_8

港区に侵入。

ここは人の名前がついていて、

そのいわれを調べてみると、

この川岸にはハゼの木が

数千本も植えられていて

紅葉の季節にはたくさんの

人でにぎわい、紅葉狩りと

称しての宴会もよく開かれていた。

そんな客を目あての甚兵衛の小屋という茶店があって

そこから甚兵衛渡しと呼ばれるようになったそうだ。

次は天保山渡し。

有名な日本で一番低い山です。標高4.53メートル。

2等三角点があり国土地理院発行の地形図にも

山名がのっている立派な山です。

どころか山岳会も結成され登山認定書も発行されるし、

なんと山岳救助隊まであるそうだ。

遭難者(三角点を見つけられない人)を案内するのが

主な活動らしい。遊び心があっていいですね。

ここを渡ると此花区。

ユニバーサルシティ駅そばのコンビニで給水、一服。

USJへ向かう人でにぎわっている。

さて次に向かうは安治川トンネル。

走り出したが影がなく暑い。

走って止まってを繰り返しているから足も重い。

ようやく到着。

Photo_9

ここも元々は渡し舟があったが

廃止されトンネルに

変わってしまったところ。

つまり川底の下を

通っているトンネルです。

かなり交通量は

多いみたいだ。

さあ今日の入浴は道頓堀、ビールを頭に描きながらラストスパートだ。

さっぱりした後は王将で乾杯。

主催のKやん、お疲れさんでした。

延長戦も含めて楽しいイベントありがとさんでした。

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京都でウルトラ対策ロング練習会

京都の北山を走ってきた。

Mりもさんの企画だが彼女の所属するFRUN、や楽ランその他

いろんなつながりのラン仲間が13人、出町柳に集合。

にぎやかに出発だ。

まずは賀茂川の河川敷を北上、しかし朝から強烈な日差し、

影もなく暑い。

Photo

まだまだみんな元気。

Bさんは京都で学生を

やっていたのでいろいろ

解説してくれる。

MKタクシー本社の食堂は安くてボリュームたっぷり、おまけに

?十年価格は据え置き、今時えらい!

彼の母校のグランドが見えてくると、講義を受けたあと

ここまで遠くて、最近の学生は何で移動してるのかな、等々。

Photo_4                                       

ようやく林道に入り木陰が

できる、直射日光から

逃げれればかなり涼しいね、

もうすぐ秋だ。

大岩から夜泣峠、文徳天皇の第一皇子 惟喬親王が

幼い時、乳母に抱かれて二の瀬に出ようとして、ここで

一夜を明かしたが、親王が夜泣をされたので

峠の地蔵に祈ると泣き止んだという伝説から

夜泣峠と呼ばれるようになったそうである。

Photo_10

惟喬親王は、長子であり

聡明な親王であったにも

かかわらず、時の権勢家、

藤原良房の娘が産んだ

第四皇子惟仁親王に皇太子の座を奪われ、

不遇の人生を送った人。

良房に命をねらわれるようなこともあったらしく

住居も転々とかわっている。

そんな中、在原業平の伊勢物語に登場したり、

ろくろでお椀などを作る職人、木地師と呼ばれる人たちの

業祖とされていることなどから、なかなか面白そうな

人物のようだ。一度詳しく調べてみよう。

Photo_6

守谷神社、これも

惟喬親王を祀った

神社らしい。

さて道程は二ノ瀬から

鞍馬へ向かう。

Photo_9                                 

                                  

                                  

                                 

                              

Photo_5

貴船神社参道の鳥居。

そばを流れる川が

涼しげで美しい。

鞍馬へ到着。

しばらく休憩、おにぎりをぱくつく。

みんな、饅頭、だんごなどを仕入れている。

さあ次の目標は天ヶ岳だ。

本日前半の山場、標高768mだ。

山道に入るとすぐに薬王坂。

Photo_7

昔、伝教大師最澄が

薬王如来の像を彫り

比叡山へ帰路

この坂を通ろうとした時、

薬王が姿を現したのでこの名がついたそうな。

ここを過ぎるといよいよ本格的な山道だ。

全体的には登り基調だが、けっこうアップダウンが多い。

坂自体もそんなに険しくはないがそこそこの坂が長く続く。

なかなか厳しい。

しばらく登ったところでメンバーに異変、気分悪くなって

座り込んでしまった。

軽い脱水のようだ、元々体調も良くなかったらしい。

このまま天ヶ岳を越えて大原までは行けそうにない。

もう一人時間の都合のある人と一緒に鞍馬へ

引き返すことに。残念ですが・・・。

もう頂上か、もう頂上かという思わせぶりな道が続き

やっと天ヶ岳のピークへ到着。

Photo_8

といっても林の中で

展望は一切ききません。

ここでも先頭と最後尾では

10分以上差が付いてきた。

さあ今度は大原への下りだ。なかなか楽しく下れそうだが、

道がややこしそうなのでMりもさんの指示に従い

小刻みに止まりながら下りていく。

気持ちよく走れるところが多い。

今日はMっくんが上りも下りもずっと先頭だ。

下りはなんとかついて行くが、登りはあっという間に離される。

ちょっとレベルが違いますね。

快調に下って寂光院でトイレ休憩と梅昆布茶を

飲ませてくれるところがあったので、みんなでいただく。

もちろん味見してから買ってくださいという意味だが

誰も買わない。

Bさんが気にしてひとつだけお買い上げ、やさしいね。

少しだけ走って大原でお昼にする。

コンビニへ入るとなんとおにぎりが売り切れらしい。

ジャンは持って行っていたので良かったですが、

みなさんカップめんやパンなどでなんとか昼食。

走り出すと胸焼けかもね。

食べながらあとのコースの検討、

時間的にも今から比叡山へ上るのは厳しそうなので、

瓢箪崩山を越えて岩倉へ出て出町柳を目指すことになった。

叡山がはずれてほっとしている奴も何人か・・・。

瓢箪崩山は叡山に比べればかなり低いがそれでも

標高も下がり温度も上ってきて登りはまた汗が吹き出す。

岩倉への下りもなかなかおもしろく、Mっくんと二人で飛ばす。

やっぱり速いわ。

下りきるとかなり温度が高い、風もない、あっつー。

あとは市街地と河川敷だけ・・・。

あともう少しという気になってみなさん結構飛ばす。

暑くて暑くてたまりません、少し遅れながら

ようやく出町柳に到着です。

たどり着いたメンバーで記念撮影。ご苦労さんでした。

近くのレトロな学生街の銭湯”東山湯”でさっぱりした後、

近くで乾杯。

このビールだけはたまりません。

例によってああやこうやと、最後には高石ともやらしき人も

登場してお開き。お疲れ様でした。

(この後おバカな三人組は京都在住の方と

親睦を深めていたとかいないとか)

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キャンプの前に醒ヶ井

楽ランのイベントで滋賀県は米原のグリーンパーク山東へ

キャンプに行ってきた。

ダッチオーブン料理で宴会やって、あくる日は長浜で開かれる

琵琶湖ジョギングコンサートに出場しようという企画。

その名の通り3キロと10キロのジョギングと高石ともやの

コンサートがひっついた大会で、マラソンといわずジョギング

と銘うってる通り、真夏の暑い時、がんばらずに湖東長浜の

景色を楽しみながらジョギングしようという大会です。

参加賞は月並みなTシャツだが、お土産にもらえる土地名産の

ぶどうと高石ともやのコンサートにつられて結構人気の

高い大会で、今年も3000人ちかくが参加していた。

宴会の方は全部で五つあったダッチオーブンからくりだされる

数々の料理と、ビール、シャンパン、ワイン、焼酎と次々に

空いていくお酒、ギターとバンジョーと三線と音の方も

たっぷり、ちょっと騒ぎ過ぎでクレームも有ったとか無かったとか、

幸い出入禁止にはなりませんでしたが・・・。

この宴会とジョギングコンサートはさておき、このキャンプ場へ

行く前に、米原インターのそばに醒ヶ井という旧中仙道の

宿場町に寄って、観光マラニックをやってみた。

この町がなかなか面白かったので紹介します。

ここは嫁が行きたいといっていたので寄ってみたのだが、

少し先に出ていたBさんも誘って3人でうろうろすることに。

醒ヶ井の宿、お江戸は日本橋から数えて61番目の

宿場ですJR醒ヶ井駅の駐車場に車を止め、

売店で地図を手に入れ出発。

Photo_4

小さな町だからすぐ廻りきって

しまうかもなどと言いながら

走り出す。    

                                          

                                             

Photo

まずは松尾寺、道端に普通に建っている古い民家

というたたずまいだが、説明を見ると寺の中には

国の重要文化財、滋賀県の指定文化財、

米原市の指定文化財がごろごろしている。

次に出てきたのが明治の建物らしきこれ。

Photo_12

現在は醒ヶ井の宿の資料館、

元々は郵便局だったらしい。

そしてこれを設計したのが

ウイリアム・メレル・

ヴォーリス、滋賀県へくると所々でよく耳にする名前です。

一番有名なのはあのメンソレータムを作っていた近江兄弟社の

創設者の一人です。

多彩な才能の持ち主だったらしく、英語の教師として来日したが

宣教師、実業家、医療、建築設計と、その業績は多岐にわたる。

特に彼が建築家として設計した建物は当時の最先端であり

名建築とされているものが多い。

それは全国に及び、よく走りに行く六甲山では、山上の

神戸ゴルフクラブのクラブハウスは彼の設計だし、山上に

点在する別荘の中にも彼の設計による物が多い。

大阪の心斎橋の大丸もそうであるし、少し前に残す

残さないで大問題になった豊郷小学校の校舎も

ヴォーリス建築である。なかなかたいしたおっさんだ。

ということでここ醒ヶ井の郵便局も彼の作品でした。

小さな町だが見所がいっぱい、走っている暇が無い。

醒ヶ井は湧き水の町、

Photo_6湧き水が流れていく川が

あるが、この水が

とてつもなくきれい、

冷たく澄み切った水だ。

Photo_2

十王水、高僧浄蔵法師が

水源を開いたそうな。

きれいな水にしか生えない

という梅花藻がいっぱい、

花が咲いているものもある。

Photo_11

またこの清水には全国でもこの辺りと岐阜県の東部

でしか生息が確認されていない

Photo_7ハリヨという魚がいる。

水温20℃以上では

生きれないそうだから

水が湧き出すところから

遠くへは離れることが

できない。寿命の1~2年を湧き水の廻りで過ごすようだ。

もちろん絶滅危惧種です。

さて次は了徳寺の御葉付銀杏、なんと銀杏の木が天然記念物?

Photo_3

ふつうの銀杏とは違い

枝が垂れている、

珍しい銀杏なんででしょうね。

Photo_13 20℃以下の水が流れる

川の上はすごく涼しい。

                              

                            

                               

Photo_10                                                                  

                                                                  

中仙道、

                                    

                                 

Photo_9                            

                                     

                                        

                                       

                                    

Photo_18日本武尊(ヤマトタケル)像、

実はここ醒ヶ井という地名は

ヤマトタケルの故事が

由来となっている。

                                    

神武以来、欠史八代を経て実在の最初の天皇といわれる

崇神天皇、その後、垂仁、景行と続くが、この景行を

父とするのがヤマトタケルノミコト。

日本武尊、倭建命などと書くが、実の兄を

殺してしまったとか、乱暴者としての逸話を

たくさん持つ人である。

そして彼の足跡も全国に数多く残されている。

九州から東遷してきて奈良に入ったヤマトが全国に勢力を

拡大する戦いを担ったんでしょうね。

九州から東国まで戦い続けた彼は最後に伊吹山の神々と

戦うことになる。神々といっても多分この辺りに勢力を張る

豪族なんだと思いますが・・・。

しかしこれがかなりの強敵だったようで、彼は傷つき

高熱を発して、ここ醒ヶ井の辺りにたどり着いたらしい。

そして気を失ってしまった彼はここに湧き出す泉によって

目を醒ましたと伝えられている。

そしてここから大和を目指したがすでに病を得ていた彼は

帰り着くことなく三重で終焉を迎えたといわれている。

Photo_16

その泉が居醒の清水、

醒ヶ井という地名もここから。

また彼が腰掛けた岩、

鞍を置いた岩なども

残されている。

もう少し行くとこんな石碑、

Photo

醒ヶ井の宿の東の入口です。

                                     

                                     

                                     

さあ引き返して今度は西へ向かう。

西行水(泡子塚)

Photo_19

伝説では、西行法師

東遊のとき、この泉の畔で

休憩されたところ、

茶店の娘が西行に恋をし、

西行の立った後に飲み残しの茶の泡を飲むと不思議にも

懐妊し、男の子を出産。

その後西行法師が関東からの帰途またこの茶店で休憩したとき、

娘よりことの一部始終を聞いた法師は、児を熟視して

「今一滴の泡変じてこれ児をなる、

もし我が子ならば元の泡に帰れ」と祈り、

水上は 清き流れの醒井に 浮世の垢をすすぎてやみん

と詠むと、児は忽ち消えて、元の泡になりました。

西行は実に我が児なりと、この所に石塔を建てたということです。

今もこの辺の小字名を児醒井といいます。

伝説はこうですが事実はどうだったんだろうかと想像すると

彼の呼んだ歌の通り、法師といいつつ浮世の垢をいつまでも

ぬぐいきれない罪作りな一人の男が浮かんできました。

Photo_20

宿場はすぐに抜けてしまった

ので3キロほどいくと

養鱒場があるというので

足をのばすことに。

するとそこへ向かう道にはやたら木彫りの文字が・・・。

この辺りは仏壇などを作る為に木彫りの技術者たちが

作った集落らしい。

Photo_17

少し仕事場をのぞく。

                            

                              

                              

Photo_14

いぼとり地蔵だって。

霊仙山登山道。なかなか面白そう、走れるかな。

Photo_21                                 

                                 

                                                               

                                    

                                       

峡谷を川に沿って登っていくと養鱒場に到着。

Photo_22

そろそろ腹減った状態

なのですぐに引き返す。

                                          

                                              

醒ヶ井の駅までかえりお昼を食べよう。

駅前には水の宿駅といって近所のお母さん、おばあちゃんたちが

作るお惣菜をバイキングで食べさしてくれるところがある。

これといって特別の料理ではないが食材の味を生かして、

どれも普通においしい。

車運転中なのでビールを飲めないのが思いっきりつらかった。

さあ、キャンプ場へ突撃だ。                               

                                                             

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