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2008年3月

久しぶりっ六甲山

4ヶ月ぶりの六甲山。

春のマラソンも終わり天気も良いので久しぶりに山へ入る。

いつものように岡本八幡さんからアプローチ。

こんなヤツが寝てる。

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八幡さんの境内に桃かな。

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いつもの入口の・・・、また来たよ。

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また”千と千尋”を思い出してしまった。

山を走り出すと枯葉が積もってふかふか。

気持ち良いが腐葉土にはなってないので滑りそうでちょっと怖い。

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山の中は冬の装いのまま。

でもその中から黄緑の若い芽の色がちらほら。

                                                                           

                                                                           

西おたふく山手前で一服、川のせせらぎも聞こえてくるところで、

じゃこ飯おにぎりを食べていると、気持ちよくて、美味しくて

なんか山にいる幸せで感動してしまってちょっとほろりと

してしまった。  あ~っ幸せ。

いい季節だしどんどん山を走ろう。

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西おたふく山付近、真夏のうっそうとした感じはなく開放感ある。

                                                                           

                                                                           

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西おたふく山から大阪湾方面

                                                                           

                                                                           

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最高峰到着

久しぶりなのでいちおう記念写真

おにぎりタイムにしているとあっという間に体が冷えてさむ~っ。

この季節、トレイルランナーは泳ぎ続けなければ死んでしまう

サメや、マグロ、カツオと一緒で走り続けなければ凍えてしまう。

  早々に出発。

楽しい下りをとばす。久しぶりの山なので下りが結構足にくる。

やはりロードとはだいぶちがうんだなぁ。

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やっと下りてきた。

天井川横に真っ白な桜、山桜かな。

これから山本番、わくわくしますねぇ。

山行

そろそろマラソンシーズンも最終段階のようです。長野、とくしまに

向けて調整に余念のない人も多いと思いますが、そろそろこの夏

の計画などを考えていこうかな。

来シーズンフルマラソンrun3時間30分をめざして。

基本的には4~10月は、六甲山を中心に山を走り回るつもり。

用事のない限り週末は20~25キロのトレイル。

東六甲縦走路、最高峰から摩耶山、新神戸あたりまでを中心に、

まだまだたくさんある通ったことのない道も開拓しよう。

そして、月に一度程度は40~50キロの縦走をしたい。

六甲の縦走の他に金剛、葛城、比良などでコースをさがすつもり。

平日は10~15キロのロード。

レースはあまり出る気はないが6月22日のTrail Run&Walk

in乗鞍高原、と10月5日のMadarao Forest Trail 50km斑尾高原

トレイルランニングレース2008は参加しようと思っている。

さしあたり4月の予定

・4月6日 芦屋・夙川あたりお花見マラニック

・4月13日 芦屋ファンラン&大花見大会

・4月27日 六甲縦走

なんかわくわくしてきた。

適々斎塾

今日は何の日というページをみていると、明後日3月23日は

幕末の蘭学者、緒方洪庵が大阪に適塾を開いた日。

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適塾は正式には適々斎塾と言い、洪庵の号、”適々斎華陰”から

名づけられた。

門人には、

福沢諭吉、言わずと知れた、慶応義塾の創始者。

大村益次郎、明治政府の初代兵部省兵部大輔、日本陸軍の創始者

で大河ドラマ”花神”の主人公。長州時代の名は村田蔵六。

佐野常民、日本赤十字の創始者。

橋本佐内、越前藩の医師,開国思想を持ち、安政の大獄で斬首。

大鳥圭介、戊辰戦争では函館の五稜郭に立てこもり、最後まで

抵抗、投獄されるが後に明治政府に出仕、清国、朝鮮公使になる。

変わったところでは、手塚治虫の曽祖父手塚良仙も適塾の出身

である。

幕末から明治にかけての日本の近代化に大きな役割を果たした

このそうそうたる人物たちを育てた私塾である。

緒方洪庵はもともと岡山足守藩の出身、大阪、江戸、長崎で学び

1838年、大阪に戻って医業を開業するとともに、この日適塾を

開いた。 ここで学んだ塾生は千人にも達すると言われ、偉大な

教育者であったことはその門人たちが証明している。

緒方洪庵は、種痘を広めたことでも知られており、大阪はもちろん、

出身地の足守藩にも招かれ、たくさんの子供たちに種痘を

施している。また幕府の再三の招きにより江戸で、奥医師にまで

なっている。このころ手塚治虫のひいおじいちゃん良仙も江戸で

歩兵屯所付医師(軍医みたいなものか?)になっている。

この適塾は閉塾する際、大半の教師、塾生が新設の大阪医学校へ

移ることになる。この大阪医学校は後に大阪帝国大学へと発展

していくので、いまの大阪大学の源流は適塾にあると言っても

いいようだ。

ちなみに現在、適塾は史跡公園になって、大阪北浜にその姿を

しのぶことが出来る。

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塾の内部も見学できるようになっていて、

塾生が学問についての口論が激するあまり、刀を振り回して

出来た柱の疵なども残っている。

教える方も教わる方も今の学校との差を感じずには

おられませんね。

激動の時代に、すばらしい先生と熱い生徒たちがいた学校を

見てみるのもいいかも。

市民救急救命士講習

こんな講習に行って来た。

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以前、福知山マラソンで、二人の方が、亡くなられた。

同じレースに参加していたのだが、一回目はレース後半に、

走りながら救急車の音を聞いた。

もう一度は、ゴールした後、帰ろうとしていた時だったと思う。

またか・・・、と思って聞いていたのだが、後になって二人

亡くなられたと聞いたので、あの二回ともがそうだったんだと

思い、かなりショックを受けた。

当時は走る面白さにはまってしまい、練習もかなり追い込むし

レース自体もいけいけで参加していた。

しかし健康のかたまりみたいなランナーでもなるときはなるんだと、

思い知らされたレースだった。

それ以来、機会があればとは思っていたのだが、今回、小学校で

講習会が開かれると聞き、参加してみた。

以下、マニュアル風に書いてみる。

臨場感を出すため、関西弁でやってみます。

倒れた人を発見。

①意識を確認する。肩などをたたきながら、

 ”おっさん、おっさん、大丈夫かぁー”、大声で声をかける。

②反応が無ければ、周りに大声で協力者を募る。

 ”すんまへん、このおっさん、倒れてんねん。

 誰か助けてやぁ。てっとぉてぇ。”   

③119番への通報、AEDの手配を要請する。

 ”あんたは119番へ通報たのむわ”   

 ”あんたはんは、近くの学校か駅で、

 AEDを探してきてくれへんか”

④呼吸の確認

 相手の鼻先に耳を近づけ、呼吸音、吐息を確認。また目で

 胸の動きを確認する。

 ”呼吸あらへん”

⑤気道確保

 仰向けに寝かせ、片方の手で額を抑えもう一方の人差し指と

 中指であごを上に持ち上げる。

 ”気道確保でおます”

⑥人工呼吸

 親指と人差し指で鼻をつまみ空気が漏れないようにしてから

 胸部が膨らむことを確認しながら2回息を吹き込む。

 ”このおっさん、病気持ってへんやろなぁ”

 当然の心配、最近は人工呼吸用のマスクなどもあるし、

 無ければ人工呼吸は省略することもある。

⑦胸骨圧迫

 いわゆる心臓マッサージ、左右の肋骨が合わさったところの

 体の真中に胸骨がある。乳頭と乳頭を結んだ線上あたり。

 ここを手の平の付け根、空手で言う掌底で4~5cm沈むように

 圧迫する。左右の手を上下に重ね、両肘をまっすぐに伸ばし

 垂直に毎分約100回の速さで圧迫を繰り返す。

 ”アンパンマンマーチか村の鍛冶屋のリズムでやるんや。”

 人工呼吸2回、胸骨圧迫30回を繰り返す。

⑧AEDによる除細動

 AEDが到着すればすぐ準備にかかる。

 ”あんさん、心臓マッサージできまっか?

 でけるんやったら、かわってんか。”

 胸骨圧迫は絶対に中断しない。

 AEDの電源を入れ、電極パッドを胸部に貼り付ける。

 貼り付け位置は図示してあるし、AEDから音声で指示が出る。

 AEDは自動的に心拍を解析し、除細動が必要であれば

 指示が出るので通電ボタンを押して通電する。

 ”危険やからみんな離れてやぁ”

 心拍を解析するときと通電する時は倒れている人にさわらない事。

 再び胸骨圧迫を続けるが、AEDが再び心拍を解析しさらに通電

 の必要があるかどうかを判断して指示が出る。

 通電の必要がなくなっても胸骨圧迫は続ける。

 AEDは通電すると心臓が動き始めるではなく、

 心臓が動き始めるために妨げになる微細動と呼ばれる細かい

 心臓の痙攣みたいなものを除去するためのものであって、

 あくまで心臓が動き出すためには胸骨圧迫が必要。

 これは、恥ずかしながら私も勘違いしていました。

 とにかく胸骨圧迫は傷病者が蘇生するか、

 救急隊員が到着するまで続ける。

以上が大体の流れであるが、ビデオを見て、説明を受けても

いざ自分でやろうとすると、何も出来ない。

いちいち書いたものを見直したり、注意を受けたりして

2~3回繰り返すとようやく流れがつかめてくる。

やってみることが大切です。いざ本番に出くわした時、

どれだけのことが出来るか、不安だが多少は役に立ったかも。

皆さんもこんな機会があれば是非受けてみてください。

 

 

 

京都シティーハーフ

京都シティーハーフ、楽ランから大勢がエントリーしているので、

またまた、応援に出かける。

この大会はハーフではあるが7千人も集まる人気のマンモス大会。

前日受付の9:00スタート。朝早くから平安神宮前がごった返す。

まずは3キロ地点で待ち構えるが、道路幅いっぱいにぎっしり

詰まったランナーたちが走ってくる。

この中からメンバーを探すのは至難の業。見つけたとたんに

通り過ぎていく。見つけられないことも・・・。

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誰の影?

                                                                           

写真すら取れません。大きなのぼりを立てているので向こうからは

わかるみたいでみんな声をあげて走っていく。

きょろきょろして目が疲れます。

次は地下鉄で13キロ付近へ移動。

ここでもほぼ同じ状態、けして広くは無い京都の道に7千人が走る

のだから、大変だ。走りにくそう。みんな順調に通過していく。

実は今回メンバーの中でも昨年、関門を越えられなかった

WTKさんがリベンジをと参加していて、TCC姐さんもサポートに

まわっている。彼女がなかなか来ない、時間が迫ってくる。

2時間のペースランナーが通り過ぎる。

まず姐さんが来た。

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今日撮った唯一まともな写真。

                                  

3分ほど後ろを走っているとのこと。

いまから3分後だとこれはやばい。

来たっ。ばててる、かなり苦しそうだ。がんばれ~え。

通り過ぎるが、関門はもう少し先だ。ちょっと無理かも。

関門地点まで行ったがバスに収容されて戻ったみたいで

あえなかった。

楽ラン集合地点まで戻ると彼女の号泣の姿が。

たくさん練習してもう一度挑戦だ。

その後は選手たちは桜湯で汗を流し、例によって打ち上げ宴会。

今回は新人さん、EASTからの参加者も多く初めての顔も多い。

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しかしそこは楽ラン、

酒が進むにつれ、

いつものように大盛り

上がりで飲み放題終了の時間を迎える。

そして、同じくいつものように次へ次へと・・・。

京都はBさんが学生時代にのしあるいた街。

いろいろ連れて行ってもらいました。

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ケンタッキーといえばバーボン。

しかし、スコッチもあります。

これがなかなかいける。

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お隣さんをぱちり。

                                   

                                   

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もう一カップル。

こちらは京都シティーを

走ったランナーさん。

楽ランの宣伝をしたような気が・・・。

そんなこんなで記憶をふっ飛ばしながら

何とか神戸へたどり着いたとさ。      おしまい。

篠山ABCマラソン顛末記

昨年2007年11月2日、滋賀県のあいの土山マラソンに参加。

今年の夏は山の練習にいそしんでいた、その影響がマラソンの

レースにどんな風に出てくるのか、興味しんしんで出場する。

しかし、すぐに記録に直結するわけは無く、さんざん。

とにかく、スピードが出ない。6分/キロも最後まで維持できず、

結局、4時間19分で終わった。

ただ、足が違ってきている実感だけはあったので、あとは練習の

やり方だけと思い、計画を練る。

まず距離、私の場合、経験的にサブフォーを維持するのに月間

200キロは必要。3時間49分の自己記録を更新するのには、

300キロ~400キロをめざす。

質的にはフルに一番必要な筋持久力の強化を目指し、

15~20キロのビルドアップ、LT値の改善を目指し、

3キロ程度のLTインターバルを数本、といった練習をメインに

マラニック、LSD、ペース走をからめていくことにする。

11月はあいの土山のフルを含め約300キロ、距離的には

一番伸ばそうと思った12月は385キロ、順調に距離を踏めた。

この期間中はスピード的にもどんどん調子が上がってくる。

強度的にも楽な状態でいいラップを踏める。

こいつはかなりなところまでいける。

篠山での目標タイムをSETする。

3時間40分切り。

走りこみから調整へ移るのに、このタイムを目標に練習の

スピードを決める。

1月はスキー場で高地トレーニング、これは関係ないか。

1月も300キロ、2月、そろそろ調整期少しづつ距離を落とす。

しかし、このころは逆に調子がぜんぜん上がってこない。

4週前の40キロ走、3週前の30キロ走、ともに散々な結果。

フルの目標タイムから想定したスピードで走れない、

その距離にも届かない。一挙にブルーな毎日。

そうこうするうちに後2週間、こうなったら仕方がない。

そのスピードで走れないのは、疲労の蓄積のためと決めつける。

レースまでは思いっきり疲労抜きに徹する。

気持ちは、走りたい走りたいだったが、オフ、ジョグのみ、

ウインドスプリント程度に抑える。

レースは近づいてくるが調子が上がっているのかどうかも

わからない。

さあ問題は当日のレースペースをどうするか。

当初の目標どおり行くか、しかし調子が上がりきっていなかったら

これは自殺行為。

かといってペースを落として頭打ちになってしまう消極的なレース

もしたくない。  散々悩みまくる。

もうこうなったら体に聞くしかない。何も考えずに走り出そう。

後は体と相談や。

そして当日。

午前8時頃、現地入り。まずやったのが、黒豆パン購入。

嫁はけっこう丹波篠山ファンでこのマラソンの時には、

いろいろ買って帰る。自然薯、実山椒、地酒、等々。

そして大正ロマン館で一服した後、楽ランの集合場所へ。

楽ランのユニホームを旗がわりにうろうろ。何人かに会う。

そうこうするうちにきんちゃんのぼり到着。高く掲げる。

さすがに良く目立つ。みんなも集まってきた。

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がんばろうぜ。

                                   

さあまもなくスタート。今日は登録で出場。

スタート前のストレスは少ない。これはありがたい。

スタート地点でSちゃんとKMさんに会う。

どんどん気持ちが盛り上がってくる。冷静に、冷静に。

さあスタート。楽ランのぼりに送られ、行くぞ。

登録のスタートは初めてだったが、さすがにスタート後の混雑も

わずかで、すぐにマイペースで走れるようになる。

1キロ、5分14秒

2キロ、5分9秒

3キロ、5分3秒

ほぼ最初に想定したペースで走れている。ここでもう一度

冷静に体をチェック、呼吸は?荒くない、楽なリズムで出来てる。

心拍は?心拍数までは測れないが、いい感じ。

ばねを無理やり使っていないか?OK、リラックスして走れてる。

全体的な強度は?大丈夫だ、楽に行けてる。

よーし、調子はいい。このまま行こう。

体のリラックスだけを心がける。

0~5キロ、  25分32秒

5~10キロ、 25分34秒

10~15キロ、25分53秒

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16キロ地点、楽ラン応援団登場。

ありがとう、調子はいいよ。

                                   

15~20キロ、26分19秒

20~25キロ、26分14秒

25~30キロ、26分55秒

さすがに少し落ちてきたなぁ。これからがマラソンやでぇー。

気合を入れなおす。これから27,8分まで落ちても

大幅な自己記録更新だ。希望に胸が膨らむ。

この辺でKMさんに追いつく。この人も国際ランナー

一歩手前の人だが、今日は足が動かないらしい。

しばらく並走するが、しし汁を食しに離れていかれた。

この辺は折り返しになっているので後続のランナーと

すれちがえる。JAIさん、JARさん、Sぱぱさん、突然

奇声が聞こえてきたTNさん、みんながんばってる。

さぁこれからは粘りの勝負だ。

おっ、楽ラン応援団の一人、KOりんがカメラをもって

応援してくれてる。こんなところまで走ってきてくれた。

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さすが、国際ランナー。 感激。

                                   

                                                                            

このころから、ふくらはぎに時折、ピリッと何かが走る。

いやな予感、攣る前兆だ。1キロごとに大きくなる。

30~35キロ、27分45秒

ふんばると、ピクッとするようになってきた。やばい。

ごまかしながら走るが、スピードは落ちていく。

体はまだ粘れるのに、悔しい。

38キロ、もう蹴れない。へたへたと走る状態。

いったん止まってストレッチするも、改善せず。

39キロ、スプレーのサービスがあった。お願いする。

さすがに即効性あり、おさまってる。しかし1分ほど走ると

またビクッ。やっぱりだめか。

40キロ、Hさんも応援に駆けつけてくれている。ありがとう。

41キロ、完全に両足とも攣った状態で走っている。

歩くようなスピード。楽ランののぼりが見えてきた。

さっそうと走りたいが、いかんせん、足はいうことを聞きません。

歩くのだけはやめよう。何とかかんとかそのままゴール。

時計も見れなかったが3時間51分くらい、結局自己新はならず。

とぼとぼと歩きチップを取ってもらう。

しかし本当の苦しみはこれからでした。

集合場所に戻り、へたろうとして腰掛けた瞬間、両足の筋肉が

痙攣しだす、慌てて立ち上がっても、あっちこっちが痙攣。

おまけに気分がおかしくなって、吐き気までしだす。

目もくらくらする、視界もおかしい。立っているのも出来なく

なりそうで両側から支えてもらう。これはただ事じゃない。

みんなに走り回ってもらって、救護所から車を呼ぶ。

しかし、それに乗って救護所まで行ったはいいが、今度は

足が攣りまくって、降りれない。そのままの状態で、水分補給と

マッサージを受ける。しかしおさまらない。1時間ぐらいその状態が

続く。やっとのことで車椅子にのり救護所の中へ。

ストーブのそばで暖かいものをいただくとやっと落ち着いてきた。

結局、脱水、特に電解質不足による痙攣ということであった。

今日は若干暑かったとはいえ、給水所では、ほぼ全個所で、

給水は受けたし、今年からスポーツドリンクも置くようになって

いたので、努めて飲んでいたのだが、まだ不足だったらしい。

給水を軽んじていたわけでは決して無いが、これを機会に

もう少し深く研究してみよう。

改めてフルマラソンの奥深さを知ったレースでした。

痙攣さえなければとも思うが、それも実力のうちなんでしょう。

最後に、走り回ってくれた楽ランのみんな、すみませんでした。

そして、ありがとうございました。

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