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浪速路こてこて観光&グルメマラニック歴史編

1月17日、阪神大震災の日。

あれからもう14年も経ってしまいましたね。

早朝、地震発生時刻の前からテレビは地震一色。

各地の追悼行事を伝えている。

あらためて、犠牲になられた方の冥福を祈りましょう。

さてこの日は楽ランEASTからの賓客を歓迎するマラニックが

行われた。1日中走り回って大阪を堪能しきってもらおうという

題して、浪速路こてこて観光&グルメマラニック。

グルメについては参加メンバーが各ブログでいっぱい

報告があると思うのでここはあえて歴史に注目しながら

追っかけてみることにする。

スタートは大阪のランナーたちの聖地、大阪城公園。

ここから本丸へ入る。

太閤豊臣秀吉が築いた、名城大阪城。

Photo

もちろん当時のままではなく、徳川時代に一度、建て替えられたが

その後落雷で焼失、その後はしばらく天守閣のないお城であった。

昭和になって市民の募金によって再建される。

太平洋戦争中の空襲でかなりの櫓、門などに被害が出たが

天守閣は被害を免れた。

その後も何度か改修を行って現在に至っている。

歴史の表舞台をかざったお城だけに逸話も多い。

淀君、秀頼の物語、大阪冬、夏の陣などあまりにも有名ですが

秀吉以前は何だったかといえば、石山という小高い丘の上に

本願寺、つまり浄土真宗のお寺が建っていたのです。

そしてそこはもともと本願寺中興の祖、蓮如上人の隠居所、

さらにその前は生国魂神社があったとされ、その由来は

神武東征のおり難波の津に上陸した神武が国土の神である

生島神、足島神を祀ったのが始まりとされる。

さらにその前は古墳があったそうな・・・、もういいか。

さてマラニックは大阪城を出て大阪天満宮を訪れる。

Photo_2

ご存知天神さん、菅原道真を祀り、夏に行われる天神祭りは

日本三大祭の一つに数えられる。

                                                                           

                                                                              

菅原道真公はその頭のよさ、精神の美しさから天皇の信頼を

得たため、時の勢力者、藤原氏に危険視され、九州へ流される。

そして再び復帰することなく不遇のうちに没する。

彼がなくなったとたん、都では疫病がはやり、親王のうちで病死

するものが多く、また清涼殿に落雷があり死傷者が出たりする。

これが道真のたたりだとされ、京都に北野天満宮、九州に

太宰府天満宮、大阪天満に大阪天満宮が相次いで立てられ、

道真の怒りをおさめようとした。

天神信仰の始まりである。

しかし平安末期から鎌倉時代にかけては、そのたたりは

次第に忘れられ、彼の頭のよさから学問の神様ということに

なって今に続いている。

天神さんにお参りしたあとは、繁盛亭の前を通り

天神橋筋商店街を北上。行列の出来るコロッケ屋さん、

中村屋のコロッケをかじり、今度は昼間は静かな歓楽街、

北新地を爆走する。

四ツ橋筋を南下、再び行列を発見。堂島ロールに並ぶ行列だ。

しかし予約を入れていたので行列はスルーでロールケーキに

ありつく。中ノ島から市役所前を横切り中央公会堂から南下。

すぐ適塾が見えてくる。

正しくは適々斎塾、幕末の蘭学者、緒方洪庵が開いた塾である。

門人には慶応義塾の創始者"福沢諭吉"、日本陸軍の創始者

"大村益次郎"、日本赤十字の創始者"佐野常民"、安政の大獄で

斬首された越前の医師"橋本佐内"、他にも大鳥圭介や

変わったところでは手塚治虫のひいおじいちゃん"手塚良仙"など

がおり、幕末から明治にかけて日本の近代化に大きな役割を

果たしたそうそうたる人物たちを育てた私塾である。

またこの近くにこの適塾と同じような古い建物の幼稚園がある。

愛珠幼稚園といって創立明治13年だそう。

さらに少し南へ行くと湯木ビル、湯木美術館がある。

日本料理"吉兆"の創業者、湯木貞一氏の茶の湯のコレクションを

収蔵、展示している。

その中にはなんと重要文化財11点、重要美術品3点が

含まれている。

またここのすぐ向かいに小さな碑があったので見てみると

北組惣会所跡。

なんのこっちゃ、恥ずかしながら知らなかったので、

帰って調べてみると、江戸時代の大阪は大川をはさんで三つに

区分され、大阪三郷と呼んでいた。それが天満組、北組、南組で

それぞれに惣会所が設けられ、町人による自治機関として町の

行政を処理していたそうである。

こういう町の暮らしの歴史というのはなかなか知る機会が

ないのでいいお勉強でした。

Photo_3

マラニックはさらに続き、アメリカ村から道頓堀に入る。

ここも有名な話だが安井道頓らが私財をなげうって運河を掘り

1615年に完成、道頓堀と名付けられる。

これに沿って劇場ができはじめ、それに伴い飲食店も増え、

多種多様な建物があふれる地域となった。

ここで、老舗屋台"大たこ"のたこ焼きを賞味、ついでに麦酒

などをちびり。

次の名所は、藤島桓夫の"月の法善寺横丁"で有名な

(若い子は知らない?)法善寺横丁へ。

法善寺は浄土宗のお寺、本尊は阿弥陀如来。

この寺では千日念仏を行ったところから千日寺の別名もある。

このことから寺の前を千日前と呼ぶようになったとか。

さあ道具屋筋を抜け今度は大阪の台所"黒門市場"、

でっかいとらふぐがごろごろ、さすがにこれは買い食い

できません。ここはもと円明寺市場といい円明寺というお寺の

そばにあったのでこの名になり、さらにその山門が黒かった為、

黒門市場になったようだ。

黒門市場を出て向かうのは今宮戎神社。

1月10日にはとてつもない人でにぎわう"えべっさん"だ。

いつも行くのは西宮戎だから、ここを訪れてみるのは初めて。

すると小さい! 西宮よりはるかに大勢の人でごった返している

ニュースを良く見るので意外。

また各地にある戎神社の総社は西宮神社といわれている。

これを言うと大阪の人の中には怒る人もいるが、大きさから

見ればそのようでもある。 今宮という名前ももともと今西宮

から来ているといわれているし、まず西宮がさかえた

のかも知れないね。商業都市として大阪が大きくなる

にしたがって今宮が有名になってきたというところか。

ちなみに”商売繁盛で笹持って来い”というのは

西宮では一切言いません。

もうひとつ興味を持っているのが西宮神社の北の方には

廣田神社という大きな神社がある。阪神タイガースの

優勝祈願でも有名だが、西宮神社は廣田神社の南宮で

あるとも言われている。そして今宮神社の北にも

同じように廣田神社があるのです。

西宮神社と今宮神社の関係はかなり深い物が

あるのかもしれません。

ということでこてこてマラニックもいよいよ通天閣で

ゴールです。そのすぐ足元にあるラジウム温泉で湯浴み、

ジャンジャン横丁近くで打ち上げ。

もちろん最後は二度づけ禁止の串カツで締めでした。

T姐さんとBさん、

発案、企画、構成、引率、ほんとお疲れさんでした。

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コメント

楽しかったですねheart

ブログ、さすがジャンさんならではの
視点です!でも、「有名な話だが・・・」と
書かれていることも知らない無知な私wobbly
恥ずかし~いpaper

また遊んで下さいね。

へ~。ジャンさんいろいろと勉強になりました。
僕は大阪に住んでいて全然大阪のことを知りません。
でもこうやって教えていただけると本当に嬉しいです。
走った喜びも倍に膨れ上がります。
ありがとうございます。

わたっこさん
また遊びましょ。
この次の日、高槻の後、亀鮨にタミーさんご夫妻もこられて、一緒に騒いでましたが、わたっこさんの話も一杯出てきてましたよ。
二人ともだんなが男前だそうですね。

チェイスさん
ジャン歴史講座の聴講ありがとうございました。
LSDやマラニックの時、歴史のネタを探しながら走るのも結構面白いですよ。
一度やってみてください。

へ~~!
あの子供じみた企画がこのような高尚な薀蓄でもって語られると格式高いイベントに早変りするから不思議です。
色々と勉強になりました。
一度歴史講演会でも開いてもらいましょうかね。

お~、さすがジャンさん。
適塾は大村益次郎(村田蔵六)が宇和島と関わりがあるのである程度知っていましたが、大阪城や黒門市場、戎神社のくだりなどは勉強になります。
今度からハンドスピーカー持参で説明しながらマラニックですね。

tacocoさん
本当にご苦労様でした。
講演会ですか、楽ランのメンバーしか聞いていなかったりして・・・。
けど今回のコースには適塾やえべっさんも出てきて、一度ブログで記事にしているので、
書きやすかったです。
大阪は史跡なんかの説明板などがよく立てられていて、ちょっと調べてみたくなる様な所がいっぱいありますね。

ボガさん
あぁ、そうですね、ボガさん宇和島にもおられたんでですよね。適塾の塾頭までやりながら、山口の田舎の村でくすぶっていた蔵六が
世に認められていくきっかけになった所ですよね、一度行って見たいところです。
まだ愛媛県には足を踏み入れたことがないし・・・。

「大阪こてこてマラニック」、盛況で楽しかったようですねェ。
江戸からの賓客も、さぞかし満足された事でしょう。
ところでいつもながらの歴史記事、今回もしっかり読ませて頂きました。
菅原道真の祟りのくだりは、ぜんぜん知りませんでした。
大阪・神戸・奈良・京都。
季節が良くなれば、「歴史街道マラニック」なんて言うのもいいかもしれませんね。
もちろんガイド役はジャンさんで^^

歴史街道マラニック、良いですね。
大阪・神戸・京都・奈良と回れば200キロを
超えそうですね、1週間ぐらい
休みとって行きますか。
ガイド役は良いけれどそれだけまわろうと
すると下調べが大変だ。
やっぱり少しずつにしましょう。

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