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2009年10月

リセット

ハセツネが終わった。

実は今年の目標はもう一つある。

もうひとつというか二次的産物というか・・・。

山ばっかり走っているとフルマラソンにどういう影響が出るのか、

という実験。

諸説あって、足の筋力はアップするし、心肺能力は鍛えられるし

さまざまな体の動かし方をするので体のバランスも良くなるし、

速くなるに決まってるやんという考え方。

反対に確かに筋力はあがるだろうが、車でいえばローギアで

走り回っているようなもの。トップギヤはさびついてまっせという

意見。

どちらもなるほどとは思いますが、自分の体はどうなっているんだろう。

ぼちぼちロードを走り出した感覚は後者の感じかな。

どのレースで試そうか、福知山かとも思いましたが、1ケ月ちょっと

では調整も何も出来ないだろうと思い、12月23日の加古川に

照準をあわすことにする。

当然スピード練習中心か・・・、

やっぱり ペース走? インターバル?

なかなかつらそうですが、がんばりまっしょい。

堺マラニック

気持ちの良い季節になった。

山でなくても走っていて気持ちがいい。

たかNYR女史からお声がかかった。

「堺マラニック」、歴史の街堺を甘味処も含めて走りまわる。

JR堺市駅を8名でスタート。

まずはイチゴ大福の一心堂を目指す。

途中、こんもりした楠の大木を発見。

Photo

寄り道すると頓宮西宮の碑、

調べてみるとこの近くの

金岡神社の御旅所ということ。

出張所といったところですか。

でも立派な楠です。

昔は畑の真ん中に悠然と

立っていたそうです。

さらに西高野街道を行く。

Photo_2

この道は堺から河内長野、

そして紀美峠を越えて

高野山へ到る街道で4本ある

高野街道のうちの一本です。

この道は江戸時代の

一里石の標柱石13本が堺から高野山まですべて

残っているそうです。

Photo_3

確かに町並みには

古い塀や由緒のありそうな

建物が残っており、

雰囲気のある道でした。

                                                                                       

Photo_4

一心堂到着、

この季節、イチゴは

どうかなと思い、メ

ロン大福を食す。

すごくジューシーなメロンだ、

うまい。イチゴ大福をつまみ食いしたが、こちらもなかなかのイチゴでした。

さてすぐ近くの萩原天神へ、境内には”なで牛”がいる。

Photo_5

新旧二匹並んでいたが、

古い方はかなりすり減って

いて、だれかがこっちは

カバかなとつぶやく、

全員大笑い。

                                                 

ここは元々、萩原寺というお寺で名僧行基の開基、10世紀ころに

道真公を祀るようになって天神さんになったようです。

しばらく細い道をくねくねと行き、方向感覚が麻痺した頃に、

出雲大社の大阪分祠で一服。全国に数ある分祠のひとつ。

Photo_6

恥ずかしながら堺にあるのは

知らなかった。

立派な出雲さんです。

島根の出雲大社もそうですが、

前々からあの立派さは不自然な気がしています。

なぜ国を譲らせた相手を神としてあそこまで手厚く祀るのか。

現在の出雲大社もりっぱですが古代のものでもその高さは

48メートルもあったのではないかといわれています。

あの時代に今で言えば13階か14階建てのビルと同じ高さの

神殿を作っていたとは・・・。

これはやはり国譲りとは侵略戦争であって、滅ぼした相手のたたりを

恐れた天皇家の祖先が難を逃れる為に神として祀り上げたのではないかと

思うのですがいかがなものでしょうか。

天皇さんの話が出ましたが、このあたりは仁徳天皇陵をはじめとして

多くの古墳が存在します。

犬も歩けば古墳にあたるほど?

万世一系といわれる天皇家ですが、何回かの王朝交代劇が

あったのではないかとも言われています。

そのひとつが応神天皇を始祖とする河内王朝でこのあたりを中心に

栄えていました。もちろん仁徳さんもこれに含まれています。

ちなみに応神天皇は八幡神とされ、全国のほとんどの八幡神社は

神功皇后とともに応神天皇を祀っています。

この近くの百舌鳥八幡神社もそうです。

また古墳もすべてが天皇陵ではなく、このあたりで力のあった

豪族の首長の陵墓もたくさんあるようですね。

Photo_7

次に寄ったのが

ニサンザイ古墳、

全国でも8番めの大きさの

古墳にもかかわらず

宮内庁では誰の墳墓かは

特定せず陵墓参考地ということになっている。

宮内庁の管理下にあるため、調査も出来ない状態が続いている。

ここに限らず、学術的な調査が出来るように、宮内庁さんには、

もう少し柔軟な対応が出来ないものでしょうか。

さて次は家原寺、先ほども出てきた僧 行基の生誕の地といわれる

所です。

この行基というお坊様、なかなかのお人でありまして、僧としての

活動はもとより、治水、灌漑、架橋、貧民救済などさまざまな事柄に

才能を発揮して世のため人のために多大な貢献を為した人なんです。

すると民衆に人気が出るのは当たり前、そのために、民衆を扇動した

ということで弾圧を受けてしまう。

だが彼の活動により墾田開発や社会事業が進展したこと、その活動が

反政府的な意図が無かったことにより、やがて朝廷の方が彼の

技術力や農民の動員力を利用するようになり大きな業績を

上げるようになったそうである。

その生家跡の家原寺、文殊菩薩が本尊であることから現在では

合格祈願のお寺として有名である。

Photo_8

この通り。

                     

                        

                        

そしてこの本堂のすぐ横に鎮座しておられるこの方、賓頭廬尊者

(びんずるそんじゃ)といわれる方です。

Photo_2

いわゆる撫で仏であり、

なでたところの疾患が直ると

いわれております。

またお酒の失敗ばかり

しておられた方という話もあり、

すごく親近感を持ってしまいました。

もう少し進むと大鳥大社に到着。

ここ大鳥大社は日本武尊が熊襲を征伐し、東国を平定したあと、

伊吹山で傷つき、三重でなくなった後で、この地へ舞い降りた

ことが起源となっています。

そろそろ腹減ったとの意見多数につき、津久野駅前にて

コロッケをいただく。揚げたてで美味しいですね。

胸焼けするかとも思いましたが大丈夫でした。

さあここからは古墳のはしごです。

履中天皇陵、仁徳天皇陵、いたすけ古墳、銅亀山古墳、

丸保山古墳と続きます。

そしてたどり着いたのがここ、かん袋。

そしていただいたのがこれ。

Photo

くるみ餅の上にかき氷が

乗っている。

氷があることによってあっさりと

いただける、これはおいしい。

そして堺市駅へ帰る。

一番最初の予定からかなりの部分を省略したが結局33キロ

あまりの道のりでした。

省略しなければフルマラソン並み?

自分としてはハセツネのダメージが少し残っており、最後は

少し辛かったところもありましたが、歴史の見どころたっぷりの

マラニックでした。

美味しい物も食べられたし、たかNYRさんありがとうございました。

そしてサポートのわかちゃん、JALANさんお世話様でした。

またお願いしますね。

日本山岳耐久レース

やっとその日が来た。

第17回日本山岳耐久レース、ハセツネカップ。

Photo_3

スタートは10月11日13:00、

71.5キロ先のゴールを目指す。

                    

                      

諸事情により当日早朝の新幹線を利用で会場到着は11時前。

あんまり余裕はない。

更衣室の体育館はどこも満員、少し離れた小学校の方で

微妙な隙間を見つけて陣取る。

着替えて、水・食料をバックパックに詰込むともう12時半前。

有名選手の顔でも拝もうかと会場をふらふらしていると、

楽ランEASTのとらはちさんが見つけてくれた。

今年は13時間切を目指すそうだ。しゅうすけさんも来ている

みたいだしがんばりましょう。

開会式が始まっている。

今大会の名物にもなっている方でコース上にある御岳神社の

神主さんが選手宣誓だ。

さすがに気の利いた宣誓だが、マイクの調子が悪く、

尻切れトンボ、ちょっと残念。

こんな方たちがいて、普通のレースにはない一種独特の

雰囲気があるようですね。

スタートが近づいてきた。

持ち時間によって並ぶので目標のタイムである16時間の

看板の後に並ぶ。

Photo

みんなでカウントダウンして、

さぁ長い旅の始まりだ。

応援の”いってらっしゃい”の声が

素直に聞ける。         

いってきます。

沿道にはたくさんのファン、関係者、友達、親戚、野次馬?

Photo_2

さすがにハセツネのスタートとも

なると、応援している方の

気合の入り方もかなりのもんです。

                     

腹の底から絞りだすような声援が飛び交っている。

それは自分に対しての物だと勝手に思いこんでいると、

その声をかけられるほうに自分がいることになんか妙に

感動してしまいました。 

これこそスタートラインに立てる幸せですよね。

なにはともあれスタートしてしまった、もう突き進むしかない。                            

最初の内は市街地ですからいいですが、2千人が山道へ

突っ込んでいくと渋滞は自明の理。

1

22キロの第1関門ぐらいまでは

どうにもならないだろうと

覚悟はしてきた。

先は長いよ、のんびり行こうと

自分にも言い聞かせる。

明るいうちに景色でも楽しんでおこう。

変電所横を通り、最初に目指すのは今熊神社。

昔、安閑天皇の頃(大化の改新の120年ほど前)に皇后が

いなくなった時、今熊神社に祈願すると、見つかったので

それ以来今熊山はよばわり山と呼ばれ、行方不明者を探す人の

信仰を集め、関東有数の霊山として繁栄したそうです。

ここに伝わる伝統獅子舞は見事で、市の無形文化財にも

指定されているそうな。

選手の中には山に入るにあたり、参拝していく人もいる。

ちょっと足が向きかけましたが、トイレだけ拝借。

今度ゆっくり来させていただきます。

さて道程は進み次は入山峠、渋滞の名所です。

Photo_4

登り口は細い階段しかないので、

その手前に長~い行列が

出来ている。

これ幸いと燃料補給、

今回の食料は、おにぎり・パワージェル・ゼリー飲料・一口羊羹・練り梅

・蜂蜜、そしていつもこばやんがくれるドラ焼を特別にお願いして

仕入れてもらった。

これらを渋滞中や歩いている時などにぱくつく。

今回の戦略の一つに出来るだけ止まってしまっての休憩を

とらないようにしようというのがあって、特に前半は数珠つなぎ

なのはわかっているから、止まっての休憩は即ポジションの

後退につながり、人ひとりが通るのがやっとのシングルトラックを

追い抜いていくのは不可能。

それは結局ゴールタイムの頭打ちにつながる。

だから本当はスタート時点で思いっきり前へ並べばいいのだけれど

それをすると今度はまわりにあおられて足をつぶしてしまう。

だからこのポジション取りが一番難しいのかもしれない。

さて市道山、醍醐丸、生藤山、もうすぐ第1関門というところで

日が暮れた。

Photo_5

ヘッドライト点灯。

最近は性能もどんどん良くなって

とてつもなく明るいのを持っている

人がいる。               

そんな人に後に付かれると自分の影で前が見難くなってしまう。

少しでも明るいのを持っておくべきだね。

いよいよ第1関門の浅間峠、5時間13分。

渋滞を考慮した予定タイムより若干早いが5時間を切って

行ければなぁとも思っていたので、もう少し前でスタートするべき

だったかなどといろいろ考えながら通過。

結構な数の人がへたり込んでいる。

まとめて追い抜いたというところか・・・。

日原峠、笛吹峠、西原峠、おにぎりタイムでちょっと一服。

かなり足にもきている、これから最高峰三頭山への登りが

待っているのに、こんなことでは先が思いやられるぞと

自分を叱咤激励。

だんだん角度が大きくなってきた。

ふとももは、じんじん言いっぱなし。

このあたりは試走で来ている。

ブナの森が広がっていたはず、まわりを見回すとやはり

ブナの木だ。

おっちゃんはがんばっているぞと語りかける。

なんのこっちゃ、足だけでなく頭にもきたか・・・。

前を見ると蛍がいっぱい飛んでいる。

Photo_6                   

                 

                    

選手のザックやウェアの

反射素材が光ってます。

ようやく三頭山頂上。

足が痛い・・・、座り込んでいると動きたくない。

”もう半分も来た”と気を奮い立たせ出発!

今度は厳しい下り、いくら下りが好きだとはいえ足は悲鳴をあげる。

目指すは第2関門、月夜見峠。

ここではまさゆきくんがスタッフでいるはず、11時頃の到着予定と

言っていたがほぼ予定通りに行けそうだ。

この辺になると直前の目標を決めて、ひとつずつクリアーして行く。

そういう意味で試走していることは大きい。

次の目標が風景として頭に浮かぶ。

第2関門到着、10時間3分。

予定表からはまだ上回っている、この調子だ。

標高1500メートルを越えて来たにしてはあまり寒くない。

どうりでハイドレの水は空っぽ。

1.5リッターの給水を受ける。

たぶんこれだけでは足りないだろうなぁ、御岳神社の手前の

湧き水を汲まなくっちゃ。

またおにぎりをかじり出発。

パワージェルはフラスコに入れ1時間に2口ずつほど

食べ続けているが、今回気に入ったのは蜂蜜が

美味しいこと。

気のせいか足のじんじんにも効くような気がした。

これから愛用さしてもらおう。

次の目標は御前山、三頭山にも匹敵する登りだ。

なんとかクリアーすれば今度は大ダワ。

試走のイメージと違って遠い、走っても走っても山道は続く。

何とか到着したが精神的にだいぶ痛んでしまった。

かなりやばい状況、しばらくへたり込む。

なかなか動き出す勇気が出ない。

レース中一番つらい時間帯でした。

動かなければ終わらない、意を決して進む。

後は大きなアップダウンは大岳山だけだ。

しかし大岳山は岩の山、登りも下りも岩だらけ。

またまた足が痛めつけられる。

でも御岳山への緩やかな下りを走っていると足が回復する。

なんだこれは・・・、ちょっと違う感覚だ。

無理にでも走っているほうが楽になってきた。

先も見えてきたし、気持ちも盛り上がってくる。

御岳山、第3関門、14時間31分。

よーし、あと13キロと走り出したとたんコース上で

通せんぼをするおっさんが一人。

えっ、道を間違えたかとおろおろしていると、よく見ると

なんとどらごんさんではないか、横にはなんとなんと嫁が

いてるし、なんじゃこりゃ、どないなってんねん。

内緒で深夜の応援隊を結成していたらしい。

ありがとう、またまたいっきょに気持ちも盛り上がり、

残りをぶっ飛ばす。

おかげさまでこの後、しりもち、転倒を5、6回体験させて

いただきました。今までどんなに山を走ってもこけたことは

無かったのに・・・。

日の出山からは日の出ではなしに素晴らしい夜景を見たあと

ゴールまでの緩やかな下りをたまたま行き合わせた3人が

意地の張り合いのように走り続ける。

そしてようやく明るくなりかけた頃にゴール。

16時間36分、ネットは34分。

ゴールの瞬間、”ジャンさん”の大きな声。

しゅうすけさんが待っていてくれた。

彼も30分ほど前にゴール、去年は二日酔いで出走し

ボロボロだったらしい。今年はリベンジでしたね。

長い旅路でした。

山道を使って2千人もの人を集めてレースを行う意義とか、

そのことによって影響を受ける自然環境についてなど、

色々物議をかもしているが、今回ハセツネに出てみて

確かにどういう位置で渋滞に巻き込まれるかである程度

順位が決まってくるというどうしようもない事実はあり、

本当にレースしているのは先頭近くの限られた人だけ

だという人もいる。

と同時に、この大会を愛し、運営している人たちの熱い

思いも感じることができ、完走者に対する暖かい称賛は

嬉しいことこの上ない。

そして長谷川恒男カップの名が示すようにいわゆる山屋さんの

参加も少なからず見受けられ、日の出山で朝日を見るためだけに

参加する人もいるし、なにか独特の雰囲気がある。

ただのトレイルレースではない”ハセツネ”という大会なのかな。

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