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堺マラニック

気持ちの良い季節になった。

山でなくても走っていて気持ちがいい。

たかNYR女史からお声がかかった。

「堺マラニック」、歴史の街堺を甘味処も含めて走りまわる。

JR堺市駅を8名でスタート。

まずはイチゴ大福の一心堂を目指す。

途中、こんもりした楠の大木を発見。

Photo

寄り道すると頓宮西宮の碑、

調べてみるとこの近くの

金岡神社の御旅所ということ。

出張所といったところですか。

でも立派な楠です。

昔は畑の真ん中に悠然と

立っていたそうです。

さらに西高野街道を行く。

Photo_2

この道は堺から河内長野、

そして紀美峠を越えて

高野山へ到る街道で4本ある

高野街道のうちの一本です。

この道は江戸時代の

一里石の標柱石13本が堺から高野山まですべて

残っているそうです。

Photo_3

確かに町並みには

古い塀や由緒のありそうな

建物が残っており、

雰囲気のある道でした。

                                                                                       

Photo_4

一心堂到着、

この季節、イチゴは

どうかなと思い、メ

ロン大福を食す。

すごくジューシーなメロンだ、

うまい。イチゴ大福をつまみ食いしたが、こちらもなかなかのイチゴでした。

さてすぐ近くの萩原天神へ、境内には”なで牛”がいる。

Photo_5

新旧二匹並んでいたが、

古い方はかなりすり減って

いて、だれかがこっちは

カバかなとつぶやく、

全員大笑い。

                                                 

ここは元々、萩原寺というお寺で名僧行基の開基、10世紀ころに

道真公を祀るようになって天神さんになったようです。

しばらく細い道をくねくねと行き、方向感覚が麻痺した頃に、

出雲大社の大阪分祠で一服。全国に数ある分祠のひとつ。

Photo_6

恥ずかしながら堺にあるのは

知らなかった。

立派な出雲さんです。

島根の出雲大社もそうですが、

前々からあの立派さは不自然な気がしています。

なぜ国を譲らせた相手を神としてあそこまで手厚く祀るのか。

現在の出雲大社もりっぱですが古代のものでもその高さは

48メートルもあったのではないかといわれています。

あの時代に今で言えば13階か14階建てのビルと同じ高さの

神殿を作っていたとは・・・。

これはやはり国譲りとは侵略戦争であって、滅ぼした相手のたたりを

恐れた天皇家の祖先が難を逃れる為に神として祀り上げたのではないかと

思うのですがいかがなものでしょうか。

天皇さんの話が出ましたが、このあたりは仁徳天皇陵をはじめとして

多くの古墳が存在します。

犬も歩けば古墳にあたるほど?

万世一系といわれる天皇家ですが、何回かの王朝交代劇が

あったのではないかとも言われています。

そのひとつが応神天皇を始祖とする河内王朝でこのあたりを中心に

栄えていました。もちろん仁徳さんもこれに含まれています。

ちなみに応神天皇は八幡神とされ、全国のほとんどの八幡神社は

神功皇后とともに応神天皇を祀っています。

この近くの百舌鳥八幡神社もそうです。

また古墳もすべてが天皇陵ではなく、このあたりで力のあった

豪族の首長の陵墓もたくさんあるようですね。

Photo_7

次に寄ったのが

ニサンザイ古墳、

全国でも8番めの大きさの

古墳にもかかわらず

宮内庁では誰の墳墓かは

特定せず陵墓参考地ということになっている。

宮内庁の管理下にあるため、調査も出来ない状態が続いている。

ここに限らず、学術的な調査が出来るように、宮内庁さんには、

もう少し柔軟な対応が出来ないものでしょうか。

さて次は家原寺、先ほども出てきた僧 行基の生誕の地といわれる

所です。

この行基というお坊様、なかなかのお人でありまして、僧としての

活動はもとより、治水、灌漑、架橋、貧民救済などさまざまな事柄に

才能を発揮して世のため人のために多大な貢献を為した人なんです。

すると民衆に人気が出るのは当たり前、そのために、民衆を扇動した

ということで弾圧を受けてしまう。

だが彼の活動により墾田開発や社会事業が進展したこと、その活動が

反政府的な意図が無かったことにより、やがて朝廷の方が彼の

技術力や農民の動員力を利用するようになり大きな業績を

上げるようになったそうである。

その生家跡の家原寺、文殊菩薩が本尊であることから現在では

合格祈願のお寺として有名である。

Photo_8

この通り。

                     

                        

                        

そしてこの本堂のすぐ横に鎮座しておられるこの方、賓頭廬尊者

(びんずるそんじゃ)といわれる方です。

Photo_2

いわゆる撫で仏であり、

なでたところの疾患が直ると

いわれております。

またお酒の失敗ばかり

しておられた方という話もあり、

すごく親近感を持ってしまいました。

もう少し進むと大鳥大社に到着。

ここ大鳥大社は日本武尊が熊襲を征伐し、東国を平定したあと、

伊吹山で傷つき、三重でなくなった後で、この地へ舞い降りた

ことが起源となっています。

そろそろ腹減ったとの意見多数につき、津久野駅前にて

コロッケをいただく。揚げたてで美味しいですね。

胸焼けするかとも思いましたが大丈夫でした。

さあここからは古墳のはしごです。

履中天皇陵、仁徳天皇陵、いたすけ古墳、銅亀山古墳、

丸保山古墳と続きます。

そしてたどり着いたのがここ、かん袋。

そしていただいたのがこれ。

Photo

くるみ餅の上にかき氷が

乗っている。

氷があることによってあっさりと

いただける、これはおいしい。

そして堺市駅へ帰る。

一番最初の予定からかなりの部分を省略したが結局33キロ

あまりの道のりでした。

省略しなければフルマラソン並み?

自分としてはハセツネのダメージが少し残っており、最後は

少し辛かったところもありましたが、歴史の見どころたっぷりの

マラニックでした。

美味しい物も食べられたし、たかNYRさんありがとうございました。

そしてサポートのわかちゃん、JALANさんお世話様でした。

またお願いしますね。

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コメント

歴史好きもスウィーツ好きも満足させるマラニックだったようですね。
史跡のある所に美味い物あり!ですかね?

お疲れ様でした。

詳しい解説ありがとうございます。
とても勉強になります。
次回からはみんなイヤホンで、現地解説希望です。
古墳て謎が多いんですね。

もっくん
歴史はともかく、実はフルーツ大福なんて、てんで馬鹿にしていたんですが今回はじめて食べてみました。どっちかというと洋菓子の感覚に近いんですね。文句無く美味しいスイーツでした。

オスカーさん
予習していって解説すればいいんですけど、なかなかできないですね。
行って見たものを調べるのが精一杯です。
でもこのレポート提出作業がけっこう楽しくて・・・。

お疲れ様でした。
子供の頃、しょっちゅう食べていた「やまたけのコロッケ」を楽ランメンバーで食べるとは不思議な感じがしました。
あと「義経の腰掛石」を案内するのを忘れていました。
今度は津久野の祭りも見に来てください。

ところで、加古川のエントリーはお済でしょうか?
今日、明日くらいには定員に達する雰囲気みたいですよ。
エントリーしようとして、ランネットにアクセスしようとしたら・・・
つながらない。

義経ゆかりの史跡もあるんですか、ほんと宝庫ですね。
加古川のエントリーはランネットからいけたみたいです。
勝負ですね。

ジャンさん。お疲れ様でした。遅くまでお付き合いいただきすみませんでした。
今後ともよろしくお願いします!

チェイスさん
こちらこそよろしくお願いしますよ。

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