最近のトラックバック

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

むこうの山は遠かった

このところ、週末の極上天気が続いていますね。

先週末もピーカンの天気の中、篠山のすこし北にある向山

連山に出かけた。

嫁によると、絶滅危惧種のヒカゲツツジの群生地があるところで、

先週見ごろだったらしいのだが、今週も見れるかも

ということです。

登山ルートの距離はどれぐらいかと地図を見ると、5、6キロの

感じ、これはちょっと物足りないかと思い、早朝からロードを

30キロ走ってきてから出かけることにした。

六甲北、中国道、舞鶴道と乗り継ぎ、丹南篠山口で地道へ。

さらにもう少し北上すると、石生という町に到着。

いそうと読みます。

ここに水別れ公園というのがあります。

水別れとはなんぞや。

Photo

これは中央分水界といい、

ここで分かれた水が片方は

瀬戸内海へ、片方は日本海

へと別れる分岐点なんです。

日本海へ向かった川は

最終的には由良川になり、瀬戸内海へ向かった方は

加古川になります。

そしてここは日本一標高の低い分水界として有名だそうです。

標高95メートルだって。

その近くにはいそ部神社、山へんに石でいそと読むそうですが

Photo_2

漢字が出てきません。

このすぐ上の剣璽山の山頂

近くに大岩があってこれを

祀ったらしい。

このあたりの人たちは

大きな岩をつかう土木工事が得意だったようで、

その氏神さんがこの神社のようです。

さて向山連山というのはこのあたりをぐるっと囲んでいる山々で

登りだすと一周してもとの所へ帰ってきます。

すぐ廻れるだろうと気楽にスタートしましたが、おっとどっこい、

大間違いでした。

尾根を歩いていく縦走の形なんですが、のっけからかなりの

勾配の直登が続く、これは辛い。

やっと小さな広場に出た。

そこはなんと古墳、山の名は二の山、だけど滝山古墳。

昭和33年に発見、すぐに調査が入ったが、頭蓋骨、副葬品は

すでになかったそうで、そのほかの人骨は今もそのままに

なっているそうです。

これを越えると今度は急な下り。

すぐにまたまたアキレス腱が伸びきってしまうような急な登り。

これの繰り返しで三の山、四の山と越えてゆく。

30キロ走ってきた足にはこたえます。

四の山あたりはお目当てのヒカゲツツジが咲いていた。

クリーム色の上品な花だ。

しかし、やはりすこし遅かった。

ほとんどがしおれかけて一部茶色くなっていたりしている。

登山道の両側からせり出していて、満開であれば、トンネルの

ようになっていて、さぞ見事だろう。残念でした。

やがて向山、ここが最高峰だと思いきや、次の五の山の方が

高かった。

菊水山を登ったり下りたりしている気分だ、

ちょっとなめていました。

しかし、それだけではすまなかった。

そろそろ下り基調だと調子よく進んでいるうち、どうもあさっての

方角に向かっているような感じ。

どう考えてもぐるっと廻って下りていく方向ではない。

見慣れない地名の道標も出てくる、やってしまったようだ。

ロストコース、おまけに今日はお花散歩用の簡単な地図しか

持っていない、最悪です。

もう一度! お山をなめてはいけません。

こうなったら、正解とわかっているところまで、間違えないように

戻るしかない。

自分の踏み跡をたどるようにして引き返す。

間違えてから、ふた山ほど来ているみたいだ。

またまた脚にくる。  ヒィヒィ・・・。

どうやらもとの道まで戻ってきた。

向山登山道の看板も確認、ホット一息。

時間もだいぶロスした、急ごう。

しばらく行くと珪石鉱山という看板。

確かに掘った跡のようなえぐれた谷がある。

珪石ということは水晶か石英でも掘っていたのか。

もう少し行くと分かれ道、少しだけだがショートカットできる。

時間も押してきたので近道へ、これがまた間違い。

トラロープが張ってあるような急勾配の下りが延々続きます。

またまた足が悲鳴!

時々立ち止まらないと連続で下りていけない。

もうよれよれです。

なんとかかんとか、いそ部神社まで戻ってきた。ぐったり。

腹も減ったので神社前の茶店でうどんを食し、帰路につく。

帰り道に柏原(かいばら)という町がある。

行きがけに通る時に地図にも陣屋というのが出ているし、

興味津々で、ちょっと探検。

とりあえず観光案内所があったので、観光地図でもないかなと

入ってみると、いきなり女性の方に

「どちらからおいでですか、竹の子食べますか?

良かったら持ってかえって」と大きな竹の子をふたつ

いただいてしまいました。嫁も大喜び。おまけにいたどりも・・・。

ありがとうございました。

ここには、かの織田信長の血筋の藩主がいた柏原藩があった。

信長の弟、信包が関が原の直前に3万6千石で封じられている。

しかしこの織田氏は子がなくなり3代で絶えてしまう。

その半世紀後、信長の次男信雄の子孫の信休が2万石で

入封する。

この織田家は幕末まで続き、時の藩主信親は

尊王攘夷運動に組する。つまり官軍になった。

そして版籍奉還の時、藩知事となり、廃藩置県では柏原県となる。

という柏原藩ですが、この藩にはお城がなく陣屋が藩庁として

続いてきたようだ。

その陣屋跡が今でも残っている。

Photo_3

工事中でちょっと残念です。

                      

                        

                        

Photo_4 

庁舎をバックに兵庫県の

天然記念物のケヤキです。

樹齢千年を越えているそうです。

この木の根が川を越えて伸び、橋のようになっていて木の根橋と

Photo_5呼ばれている。

ギネスにも申請している

そうです。

なかなか雰囲気のある町です。                

                     

他に八幡さんや、太鼓櫓などがあるようですが、そろそろ帰ろう。

例によって酒屋を見つけ日本酒を仕入れて家路に着く。

教訓を胸に、”どんな小さな山でもなめたらダメですよ。”

ぶらっととはいかない六甲全山縦走

4月は三寒四温といいますが、今年は七寒八温ぐらいあった

ような・・・。

おまけにぐずぐずと雨が続きましたが、やっと晴れた。

ハセツネの前にやった去年九月の六甲縦走往復以来、久しぶりに

全山縦走路を走ってきた。

5月の地下足袋王子杯つるぎ山トレイルランニングレースin那賀

への走り込みと調整のつもり、マイペースで行くので単独行です。

断面図を見ると、最初は細かいアップダウンが続き、大きな山を

越えた後は、長いダウンヒルが続くという六甲縦走路と似てると

いえなくもないので、イメージトレイニングにもなるかな。

ということで当日は快晴、ど・ピーカン。

しかし気温はそれほどでもなく、最高の縦走日和?、こんな言葉が

あるかどうかは知りませんが・・・。

例により、加藤文太郎の故事に倣い、JR塩屋から鉢伏山を目指す。

須磨浦山上遊園から明石大橋を望む。

Photo

                                                

                                                   

山へ上れば桜もまだなんとか・・・。

旗振茶屋から朝日に輝く須磨海岸。

                                                 

Photo_2

ふと一の谷の合戦を思い出した。

義経が一の谷に陣を布く平家の

軍勢に向かって逆落としの奇襲を

かけた鵯越は、ここ旗振山の隣の

鉄拐山という説がある。

義経もこんな景色を見たのかな。

今日は以前に9時間ほどで宝塚まで行った時のラップを、目標で

行くつもり、現在の調子じゃこれも難しいかもしれない。

どこかで足が終わるかな。

上りも下りも突っ込みすぎず安定したスピードを心がける。

鉄拐山、おらが茶屋、栂尾山、高尾山、須磨アルプス、東山、

妙法寺と順調に進む。高取山でおにぎりタイム、ついでに他の

山へ行っている山ランナーにメールしていると、これも縦走を

やっている風のトレイルランナーが二人追い抜いていった。

この後,、この二人の顔を見ることはなかったから、かなり

速かったんでしょうね。

Photo_3

                     

鵯越、菊水山から鍋蓋山へ

かかるあたり、つつじの回廊

のようになってます。

                   

大龍寺を経て市ヶ原へ出るとバーベキューだらけ。

いいにおいです。 腹減った。

摩耶山を登りだして少しすると遠くの山肌に山桜が点在、

若い緑の中にピンクや白が浮かんでいる。

Photo_5

                     

春の景色ですね。

そばまで行ってもよく見えない

山桜、遠くからが一番です。

                      

もう少し頑張って掬星台まで行って一服。

残りのおにぎりを食べてお茶を飲みながら見回すと、

ここでも桜が今を盛りと咲き誇っている。

さぁ、ここから最高峰までが中だるみの時間であるし、

若干の登りが続くいやな区間。

ガーデンテラスへ着くと暖かい物が欲しくなって思わず

きつねうどんをいただいてしまいました。

ほぼタイムスケジュール通りにきていたが、遅れを

とってしまった。

小さなピークをいくつも越えていく。

一軒茶屋から東六甲縦走路分岐点。

さぁ、宝塚への下りだ。

下れるだけの足は残っているみたい。

調子よく下っていく。

いつ来てもここの下りは楽しい。

タイトなガレ場あり、すべりそうな砂混じりの急坂あり、

なだらかなシングルトラックあり、かと思うと突然登りが

登場したり、そんなのが適度にいりまじり、いいリズム

で下っていける。

縦走の楽しみはこの区間につきます。

大谷乗越あたりからトレイルランナーではないみたいだが

トコトコ、一所懸命走る人の後ろにつく。

大きなザックにレインカバーをつけてゆさゆさ走っておられる。

しばらくしてお先にどうぞと言われたがここまできたら一緒に

行きましょうというとそうですねと、そこから二人行。

どこから来られましたかなどとよもやま話をしながら進む。

先輩において行かれたので何とか追いつこうとしている

そうです。

しばらくするとその先輩が見えてきた。

するといきなりスピードを上げ見えなくなった。

先輩としては負けるわけには行かない?

けど結局追いついてしまいそこからは三人で塩尾寺まで。

そこで話をうかがうとクライミングをやっておられるそうで、

ザックカバーもシャワークライミングのためなのかな。

そこでお別れしましたが、あとお風呂で、そして電車でも

お会いすることになった。

なんと六甲に住んでおられるご近所さんでした。

こんな出会いも面白いですね。

またどこかでお会いすることもありそう。

結局9時間半ほどで宝塚到着。

うどんを食べていた時間だけ遅れたような・・・。

地下足袋王子カップ、頑張りましょう。

六甲花見とトレイル

ラントレ関西のイベントで、トレイルランと花見をからめて

六甲山を走ってきた。

集合は阪急六甲、集まったのはなんと29人。すごい!

まずは桜の名所のひとつ、護国神社までゆっくりジョグ。

Photo

しかし、半分以上名前も

わからないのでここで

簡単に自己紹介と

ストレッチを行なって

いざ出発。

まずは摩耶ケーブル下駅から南へ続く桜のトンネルへ。

見事な淡いピンクのトンネルが出来ている。

これを見物しようと南向きの一方通行を車が次から次から

下りてくる。

Photo_2

その間隙をぬい写真撮影を

しながら登っていく。

さあ、ケーブル下駅の横から

いよいよトレイルです。

今日は、もっくんが先頭で引っぱる。

しかし水4リッター、やかん、バーナーなど巨大な荷物を

背負いながら、結構なスピードです。

汗だくになりながらケーブル上駅に到着。

ここからロープウェーに乗れば掬星台まであっという間ですが

今日のイベントのオプションとして、ケーブル、ロープウェーの

利用というのはありましたが、さすがに健脚ぞろい(?)の

トレイルランナーとしては乗るわけにもいきません。

さらに登ると長々と続く石段、旧摩耶山天上寺への参詣道です。

天上寺は日本で唯一釈迦の生母摩耶夫人を本尊とするお寺です。

残念なことに昭和51年、賽銭泥棒が放火した為に仁王門を残して

焼失してしまいました。

今は史跡公園になっていて、天上寺自体はオテル・ド・摩耶の近く

摩耶別山に新しく再建されています。

その公園で一服したあと、掬星台まで登ってしまう。

日本三大夜景のひとつ、一千万ドルの夜景と称されるのはここ

掬星台からの夜景です。

手で星を掬(すく)ったほどの絶景という意味です。

ぜひ夜に来てみて下さい。

もちろんトレイルを夜間走で。

掬星台で思い思いに食糧補給、写真撮影したあとは穂高湖へ。

軽井沢の大正池に似ているとも言われますが、ちょっと無理が

あるような気が・・・。

湖をぐるっとまわってシェール道へ出る。

六甲山にはカタカナの地名、道の名が数多くある。

修験道の山であった六甲が現在のように開けた山になるのは

明治時代に神戸に来ていた外国人たちがレクリェーションの場を

六甲山に求めたことに始まる。

ゴルフしかり、ハイキングしかり。

だからハイキング道には彼らのつけた名前がたくさん残っている。

シュラインロード、ノースロード、サウスロードなどなど。

シェール道もそのひとつで、シェールさんお気に入りの道だった

そうです。

それから100年以上経った現在でもジャンさん(これは日本人)が

お気に入りの道です。

ここからシェール道、トゥエンティクロスを経て市ヶ原まで走ると

10キロ近くに及ぶ緩やかな下りで、トレイルランニング・ハイ

状態を体験できそうな道です。

この道を長いトレイン・トレイルランです。

あんまり混雑する道ではないですが、今日はハイカーさんは

いつもよりも少ないみたいだ。

何回か渡渉の場面がありましたが、昨日までの雨でかなり水量が

多くなっている。どうしてもシューズが濡れる箇所もありましたが

気持ちよく下っていく。

森林植物園の東門への分岐付近から北ドントリッジへ向かう。

ここもドントさんが愛した尾根です。

ここから南ドントリッジにかけて若干のアップダウンが続きます。

かなり足にきている人も出てきました。  がんばれ!

ようやく再度公園に到着。

近くにある再度山大龍寺、弘法大師が入唐前と入唐後に

来られたことからこの名前がついています。

そして公園内にある池の周りは大師が修行されたことから

修法ヶ原と呼ばれています。

縦走路へでて少し進みお大師道へ入る。

大龍寺への参道です。

一気に下り諏訪山公園へ、ここもちょっとした桜の名所です。

めいめい、買出しや風呂、着替えなどの後、お花見です。

またまたバーナーが登場、いろいろ珍味もいただけました。

少し寒かったですが、ものともせずけっこう飲みました。

とにもかくにも大人数にもかかわらず、怪我も無く、全員

戻ってこれてよかったですね。

皆様お疲れ様でした。

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2014年10月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ