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むこうの山は遠かった

このところ、週末の極上天気が続いていますね。

先週末もピーカンの天気の中、篠山のすこし北にある向山

連山に出かけた。

嫁によると、絶滅危惧種のヒカゲツツジの群生地があるところで、

先週見ごろだったらしいのだが、今週も見れるかも

ということです。

登山ルートの距離はどれぐらいかと地図を見ると、5、6キロの

感じ、これはちょっと物足りないかと思い、早朝からロードを

30キロ走ってきてから出かけることにした。

六甲北、中国道、舞鶴道と乗り継ぎ、丹南篠山口で地道へ。

さらにもう少し北上すると、石生という町に到着。

いそうと読みます。

ここに水別れ公園というのがあります。

水別れとはなんぞや。

Photo

これは中央分水界といい、

ここで分かれた水が片方は

瀬戸内海へ、片方は日本海

へと別れる分岐点なんです。

日本海へ向かった川は

最終的には由良川になり、瀬戸内海へ向かった方は

加古川になります。

そしてここは日本一標高の低い分水界として有名だそうです。

標高95メートルだって。

その近くにはいそ部神社、山へんに石でいそと読むそうですが

Photo_2

漢字が出てきません。

このすぐ上の剣璽山の山頂

近くに大岩があってこれを

祀ったらしい。

このあたりの人たちは

大きな岩をつかう土木工事が得意だったようで、

その氏神さんがこの神社のようです。

さて向山連山というのはこのあたりをぐるっと囲んでいる山々で

登りだすと一周してもとの所へ帰ってきます。

すぐ廻れるだろうと気楽にスタートしましたが、おっとどっこい、

大間違いでした。

尾根を歩いていく縦走の形なんですが、のっけからかなりの

勾配の直登が続く、これは辛い。

やっと小さな広場に出た。

そこはなんと古墳、山の名は二の山、だけど滝山古墳。

昭和33年に発見、すぐに調査が入ったが、頭蓋骨、副葬品は

すでになかったそうで、そのほかの人骨は今もそのままに

なっているそうです。

これを越えると今度は急な下り。

すぐにまたまたアキレス腱が伸びきってしまうような急な登り。

これの繰り返しで三の山、四の山と越えてゆく。

30キロ走ってきた足にはこたえます。

四の山あたりはお目当てのヒカゲツツジが咲いていた。

クリーム色の上品な花だ。

しかし、やはりすこし遅かった。

ほとんどがしおれかけて一部茶色くなっていたりしている。

登山道の両側からせり出していて、満開であれば、トンネルの

ようになっていて、さぞ見事だろう。残念でした。

やがて向山、ここが最高峰だと思いきや、次の五の山の方が

高かった。

菊水山を登ったり下りたりしている気分だ、

ちょっとなめていました。

しかし、それだけではすまなかった。

そろそろ下り基調だと調子よく進んでいるうち、どうもあさっての

方角に向かっているような感じ。

どう考えてもぐるっと廻って下りていく方向ではない。

見慣れない地名の道標も出てくる、やってしまったようだ。

ロストコース、おまけに今日はお花散歩用の簡単な地図しか

持っていない、最悪です。

もう一度! お山をなめてはいけません。

こうなったら、正解とわかっているところまで、間違えないように

戻るしかない。

自分の踏み跡をたどるようにして引き返す。

間違えてから、ふた山ほど来ているみたいだ。

またまた脚にくる。  ヒィヒィ・・・。

どうやらもとの道まで戻ってきた。

向山登山道の看板も確認、ホット一息。

時間もだいぶロスした、急ごう。

しばらく行くと珪石鉱山という看板。

確かに掘った跡のようなえぐれた谷がある。

珪石ということは水晶か石英でも掘っていたのか。

もう少し行くと分かれ道、少しだけだがショートカットできる。

時間も押してきたので近道へ、これがまた間違い。

トラロープが張ってあるような急勾配の下りが延々続きます。

またまた足が悲鳴!

時々立ち止まらないと連続で下りていけない。

もうよれよれです。

なんとかかんとか、いそ部神社まで戻ってきた。ぐったり。

腹も減ったので神社前の茶店でうどんを食し、帰路につく。

帰り道に柏原(かいばら)という町がある。

行きがけに通る時に地図にも陣屋というのが出ているし、

興味津々で、ちょっと探検。

とりあえず観光案内所があったので、観光地図でもないかなと

入ってみると、いきなり女性の方に

「どちらからおいでですか、竹の子食べますか?

良かったら持ってかえって」と大きな竹の子をふたつ

いただいてしまいました。嫁も大喜び。おまけにいたどりも・・・。

ありがとうございました。

ここには、かの織田信長の血筋の藩主がいた柏原藩があった。

信長の弟、信包が関が原の直前に3万6千石で封じられている。

しかしこの織田氏は子がなくなり3代で絶えてしまう。

その半世紀後、信長の次男信雄の子孫の信休が2万石で

入封する。

この織田家は幕末まで続き、時の藩主信親は

尊王攘夷運動に組する。つまり官軍になった。

そして版籍奉還の時、藩知事となり、廃藩置県では柏原県となる。

という柏原藩ですが、この藩にはお城がなく陣屋が藩庁として

続いてきたようだ。

その陣屋跡が今でも残っている。

Photo_3

工事中でちょっと残念です。

                      

                        

                        

Photo_4 

庁舎をバックに兵庫県の

天然記念物のケヤキです。

樹齢千年を越えているそうです。

この木の根が川を越えて伸び、橋のようになっていて木の根橋と

Photo_5呼ばれている。

ギネスにも申請している

そうです。

なかなか雰囲気のある町です。                

                     

他に八幡さんや、太鼓櫓などがあるようですが、そろそろ帰ろう。

例によって酒屋を見つけ日本酒を仕入れて家路に着く。

教訓を胸に、”どんな小さな山でもなめたらダメですよ。”

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コメント

本当に低山はなめると怖いですよね。bearing私たちも峠から30分くらいで登れちゃうような低山で迷ったことがあります。幸い無事戻れたからいいものの、それ以後はいつでもビバーク用のカッパ、着替え、食料、ライターを必ず持って山に入ってます。sweat01コンパス、地図も必需品ですよね。flair

木の根橋…見てみたいですねぇ。shine篠山もそうですが、町全体に趣がありますね。この雰囲気を今に残しているところがすごいです。good少し遠いのでなかなか行けそうにもありませんが、機会があればぜひ行ってみたいですね。rvcar

たいしょうさん
今回はほんと恥ずかしい限りです。
等高線の入った地図をしっかり見ていれば、道の険しさもわかるはずだし、完全にお花見物と思って何も考えていませんでした。
反省、反省、大反省。
柏原は昔から長年、スキーに行く途中に通っているんですが、織田家ゆかりであることぐらいしか知りませんでした。はじめて街中を散策しましたが、雰囲気もあり、近年史跡などを整備しているようで、なかなか面白かったです。
後でわかったのですが、JRの柏原駅の駅舎は大阪鶴見緑地で開かれた花博の中を走っていたドリームエキスプレスの山の駅をそっくり移設したものらしいです。かわいらしい駅でした。

わぉ 30キロの後でこれだけの大冒険。ワクワクしながら文化も楽しめるなんて素敵です。

今週はまたお会いできるの楽しみですが 私と一緒では物足りないかもしれないので30キロ行っておいてくださると助かるかもしれません。ヾ(_ _*) 頑張りますのでよろしくお願いします。

naruさん
がちがちに走るつもりも無いですし私も前日にけっこう
走るつもりですからあんまりケツかかないでくださいね。
六甲の雰囲気を楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。

ケツかかない? 照れるって意味でしょうか?

二日分荷物積めました。 楽しみで今夜寝られないかも。。。加藤文太郎の話もほぼ読みました。準備万端です。

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