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龍馬&幕末 京都観光マラニック

ゴールデンウィーク初日、こんなマラニックがあった。

「龍馬&幕末 春の京都観光マラニック」だって。

NHKの龍馬伝の影響で、世の中何でもかんでも龍馬ですが、

このマラニックは、なかなかの物でした。

楽ランだけではなく、frun、run楽堂、jognote、

mixiなどの合同開催。

多彩なランナーが集まりました。

中にはブラインドランナーもお二人おられるし、いろんな意味で

興味深いマラニックでした。

中でも極めつけは、今日のマラニックにぴったり、なんと

現役の社会科の歴史の先生がおられて、事前のお勉強資料も

作っていただけるし、常に先頭を行って道案内と説明をして

いただける。

その内容たるや、ただの歴史好きぐらいでは到底知りえないような

興味深い内容で、最高でした。

それもブラインドランナーの伴走をしながらです、感服!

龍馬もきっと言います、

「まっこと、すごい奴じゃ、たまるか!」

スタートは京阪三条駅、まず向かったのが河原町界隈。

Photo

”酢屋じゃぁ、わしが

住んじょった

ところぜよ。

海援隊も京都じゃ

ここが本部やったきに、

酢屋嘉兵衛さんには世話になったがやぁ。

陽之介も謙吉も、饅頭屋もこの辺をうろうろしちゅうよな気ぃが

するのう。”

・・・・・?

だれかしゃべっていますね。

近江屋は石碑のみ、今はコンビニです。

わしが殺された所じゃぁ。

悔しいのが誰にやられたかわからんぜよ。

”こなくそ”とか言うちょったが、どこの方言かのぉ。

土佐藩邸跡  、今では見る影もありませんがかなりの広い

範囲です。

脱藩した龍馬には冷たかったですね。

近江屋の目と鼻の先です。もう少しフォローしてくれていれば

龍馬も殺られる事も無かったかも ・・・。

でも龍馬はこう言うかもね。

こんなところに世話になるんじゃったら脱藩なんかせんぜよ。   

わしゃぁ土佐藩士じゃぁないきに、日本人じゃぁ~っ。

長州藩邸もすぐ近く、歴史上出てくる史跡はせまい範囲に

固まっています。

ほんの150年ほど前たしかに、龍馬が、小五郎が、新撰組が、

このあたりを走り回っていたんですよね。

Photo_6高瀬川じゃぁ。

わしらんころにゃ、ここから

船に乗って伏見まで

いけたがや、

こんごろは川の流れも

変わっちょって行けんらしいのぉ。   

ホテルオークラが長州藩邸跡 。

その前には、   

Photo_4

小五郎さんよぉ。

えらい緑色になってしもてぇ。

                        

                     

                     

京都市役所から御池通りを西へ。

途中、こんなところが・・・、Oikedoorismadai

スケッチがありました。

写真と比較。

                            

                     

Photo_7

早い話が酒蔵のようです。

これに反応したのが、

神戸3兄弟。

まわりを見ると

三人で写真を撮っていました。

酒の匂いがすると寄ってくるようですね。

二条城まで直進。

徳川慶喜が政権を朝廷に返した大政奉還の舞台です。

おぅ、おぅ、こん時の慶喜さんはえらかったぜよ。

無用の血を流さずにすんだ、その英断にわしゃぁ男泣きじゃぁ。

また織田信長が本能寺で討たれた時、長男信忠もこの二条城で

光秀の軍勢に攻められ命を落としています。

さて大宮通を越えるあたりからは新撰組の本拠地。

屯所があった八木邸、前川邸が現存です。

また新撰組と縁の深い壬生寺があります。

子供好きだったという沖田総司が境内で子供たちと

遊んでいたとか。

こんな狂犬みたいな奴らにゃぁ近づくのもいやじゃったが、

総司が子供好きじゃったちゅうて聞くと、時代が違おちょれば

ええ友達になっちょったかも知れんのぉ。

ここから南下していく。5条を越えればかつての京随一の遊郭

”島原”です。角屋と輪違屋です。

Photo_11

当時のたたずまいそのままの

輪違屋。

遊女が赤いものをちらちら

させながら2階から

見おろしていたのでしょうか。

龍馬さんは来たことが

ありますか?

「・・・・・・・・・・。」

                       

                                      

Photo_12

こちらは角屋です。

                

                  

                  

                  

さらに南下する。

Photo_13

                

梅小路公園、

緑がきれいです。

Photo_14

東寺を抜けて

鳥羽離宮公園です。

                           Photo_15

ここは鳥羽伏見の戦いの

勃発地点です。

官軍である薩摩軍が、ここから

幕府軍に向かって大砲を

Photo_21ぶっ放しました。

この辺でお昼を食べた後

さらに南下。

途中でまた見つけました。

ここは「月の桂」です。

                                       

あれ、龍馬さんがおとなしくなってしまいましたね。

ここが出てきたら黙ってられんでしょう。

そう、寺田屋です。

Photo_16はいはい、ご期待に応えまして。

お登勢ちゅう女将がおってのう、

まっことすごい女傑じゃった。

お龍もいっときここに居ったがや。

わしが危なかった時、風呂から

素っ裸で飛び出してきて知らせてくれたもんじゃった。

寺田屋といえば龍馬ばっかりが有名ですが、薩摩の過激派が

殿様の島津久光の家来に何人も切られた事件もありました。

”寺田屋事件”とか”寺田屋騒動”とか言われております。

ここは薩摩藩の常宿でもありました。

  

Photo_22

またまた酒蔵、

今度は「月桂冠」です。

さあそろそろ北上だ。

Photo_18

御香宮神社 。

神宮皇后を祭ります。

この門は伏見城の

大手門を移した物と

言われております。

10条から鴨川沿いを走ります。

10なかなかきれいな道が

出来ています。

気持ちいい。                   

                  

                    

五条坂を駆け上がる、三年坂は人でごった返している。

龍馬の常宿「明保野亭」前を通り、霊山神社へ上がります。

Photo_19

わしん墓まで来てもうて、

すまんのう。

Photo_24

円山公園ではずっと

中岡といっしょじゃぁ。

龍馬さんよぉ、こんなところでしゃべっとらんと、今の

政治家たちに、ひとこと言ってやってくれませんか。

龍馬さんの時のように武士じゃ、百姓じゃ、町人じゃというのは

なくなっているけれど、今の日本の政府は幕末の頃の幕府

みたいになっておるんじゃないですか?

閉塞感でいっぱいです。

龍馬さんのように、時代を動かすリーダーが出てきて

もらわないと。

Photo_27

それはさておき、

本日の打ち上げは

こんなところ。

池田屋跡に出来た池田屋

という居酒屋。

中も新撰組一色でした。

大階段もありますよ。

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コメント

観光ガイドにはない通な場所もいくつかありますねぇ。flair酒蔵マラニックといい、歴史マラニックといい、ただ走るだけじゃない企画、それも多彩な企画があるのは歴史があって、しかも都会の京都・神戸だからでしょうか。羨ましい限りです。happy01龍馬はあまり詳しく知りませんが、京都の山を走っていて、途中にお寺や遺跡があるとつい見入ってしまいます。この歳になっても、いろいろ知らないことが多くあることに気づくことが多いですね。bearing今度京都に行く時に参考にさせてもらいます。

たいしょうさん
京都はそうですね、私も一緒です。
街中はもちろん、トレイルですら、そこらじゅうに何かしらあって、その度に見入ったり、写真撮ったりしてぜんぜん前へ進みません。
今回は開き直ってそれが目的のマラニックだったし、
おまけに歴史の先生の説明付でしたから、なんとも幸せな時間でした。

地元なのに知らないことばかりで。

池田屋なんてびっくり。

大階段というと蒲田行進曲の?

行ってみたいですねー。( ^ω^ )

いやー楽しそうなマラニックですね。
歴男当時、京都幕末関係は、ほぼ制覇致しました。
霊山博物館は、5-6回行ったかな。

当時勢い、長州や土佐も行ってました。
お墓見るだけで興奮。
大村益次郎なんて、可哀想と思えるぐらい
貧相な場所にあったような。
花神でしたけね。

実は、幕末の志士で好きな人は
勝海舟 でした。
理由は幕臣でありながら
最後まで生き残る「したたかさ」と
「人を受けいる度量の深さ」かな。

幕末の志士評をゆっくりお話したい気分です。

みひろさん
私も池田屋は今回まで知りませんでした。
以前はパチンコ屋だったらしいですが・・・。
そうです、あの大階段です。
もっとも、ここではよく酔っ払って落ちる人がいるとかいないとか?

みやじゅんさん
いいですね、幕末志士論で一杯。
ここの池田屋ででもやりますかね。
ぜひ付き合ってください。
私は月並みですがやはり龍馬ですね。
血なまぐさいあの時代を、他のどんな志士にもない
視点、感性を持って活躍していた龍馬の明るさを、
いちばん愛します。
そのある部分はもちろん師匠、勝海舟のおかげでしょうね。

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