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2010年10月

真田の歴史

さてさて、ブログは前後しましたが、斑尾のレースの帰りに

寄ったのは”松代”、長く長野県松代町でしたが、現在では

長野市松代となっている。

信州松代藩真田家十万石の城下町です。

以前から訪れたかったところですし、私にとって最も興味が

あるといってもいい真田の町です。

久しぶりに歴史ネタで書きます。

ちょっと長いかもよ。

駐車場を探してうろうろしていると、町が観光地としてかなり

整備されているのがわかる。

ちょっときれいにしすぎの感もあるが、史跡や古いものに対して

愛着を持って残していこうという意志が感じられる町です。

そう思ってみるからか町を歩く人にも、ちゃらちゃらしたところが

なく、公園で本を読んでおられるお年寄りの姿が妙にまわりに

溶け込んで落ち着く景色です。

まずは旧真田邸を見学。

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お大名のおうちですからやはりたいしたもんですね。

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次に訪れたのが文武学校、文字通り真田藩の学問と武道の

学校です。

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もちろん史跡として

お金を払って拝観

するんですが、

すごいのはその道場

では、今でも稽古が

行なわれていて、観光客が

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うろうろしている中を

道着を着たお弟子さん

でしょうか、通ってきて

いるようです。

何か日本人として

はっとさせられました。

背筋がちょっと伸びたかも・・・、

腰は痛いですが。

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ゆっくり見ていて、時間も押してきたので、最後に宝物館。

なかなか興味深かったですが、必死で文字を追っていると

目がしんどー。

車に戻り、帰りがけに松代城跡へ。

天守閣はなく、天守台だけが残っています。

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その天守台が展望台の

ようになっている。

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見渡すと千曲川に

向かって左手に妻女山、

正面に八幡原が見える。

                                   

歴史に興味のある人にとっては何やら聞いたことの

ある地名・・・。

もうひとつ言えばこの松代城のもとの名前は海津城。

と来れば・・・、そうですここは川中島の合戦の舞台です。

甲斐の国から信濃へ領土を広げる武田信玄は、

北信濃攻略の拠点として海津城を築きます。

城を預かる高坂弾正を中心に、北信の豪族たちを圧迫します。

耐え切れなくなった彼らは反対側で境を接する上杉政虎に

泣き付きます。  後の謙信です。 

義に燃える政虎は二つ返事で承諾。

欲望のままに領土を広げる武田を非難しながら兵を挙げます。

このようにして川中島の合戦は起ったのですが、この戦いは

何度も起っています。五回とか、七回とか言われますが、

ほとんどがにらみ合い程度で終わっています。

その中で、最も激しく戦い、両軍の犠牲も最大であったのが

第四回の合戦。

この時に政虎と信玄の一騎打ちがあったとか言われています。

それほど激しかったということでしょうね。

この頃の武田方の武将に真田の名前が見えます。

真田幸村から言えばおじいちゃんになるんですが、

真田幸隆といって、真田の名を一気に歴史に登場させた

傑物だったようです。

有名な真田の六文銭、六連銭とも言いますが、これは

三途の川を渡る時の船賃だそうです。

その不吉な意匠を用いたのは何故か、

もとは山内上杉家に仕えていた幸隆が、ここを離れ

武田家に随身する時にその覚悟を表すためにこの旗印を

用いたとされています。

その覚悟の通り、武田の信濃進攻においてそのネットワークを

用いての調略などに大きな功績があったようです。

こうして武田の中で大きな位置を占めるようになりますが、

時代の大きな波が来ます。

信玄がなくなり、勝頼の時代になると、織田信長に

圧迫されるようになります。

そして長篠の戦で、近代兵器、"種子島"と呼ばれた鉄砲の

一斉射撃により、最強を誇った武田の騎馬軍団は壊滅し、

幸隆の後を継いだ信綱、昌輝の兄弟も戦死してしまいます。

その下の弟、昌幸が後を継ぎ、何とか勝頼を盛り立てようと

しますが、勝頼のほうが真田を信じず自滅してしまいます。

昌幸は秀吉に近づき、真田家の存続をはかります。

武田の旧臣たちは徳川家康にも流れていったのですが、

特に信濃の豪族たちにとっては、この昌幸が旗頭になって、

ひとつの勢力になっていたようです。

それだけの器量人だったということですね。

家康相手のこぜりあいでもあの家康をかなり痛い目に

あわせています。

決定的なのは関が原の合戦の時、それまでに昌幸は

次男幸村を大阪城に出仕させ、豊臣家に臣従を誓っていた

のですが、東海道を進んだ本隊の家康とは別に中山道を

進んだ4万近い秀忠軍に対し、2千ほどの軍勢で上田城に

よって、けんかを売り足止めを食わして秀忠を関が原に

間に合わせなかったという有名な逸話を残しています。

結局関が原は家康の勝利となりましたが、ここでも昌幸は

周到でした。

次男幸村は手元において、さんざん家康と戦わせていましたが、

長男信幸は、きっちり家康軍に送り込んでおり、その中で

存在感もあり手柄も立てていたようで、その手柄と引き換えに

昌幸、幸村父子の助命を勝ち得たといわれています。

家というものの存続にかけては考え抜いていたのでしょう。

命は助かったものの九度山に蟄居となった父子でしたが、

やがて昌幸はなくなり、大坂冬の陣では幸村が大坂へ

入城します。

さてさてこの幸村ですが戦国時代の最後の戦いを演出する

魅力的なアクターですね。

昨今の歴女様たちにも抜群の人気を誇っているようで、

十頭身くらいの細身の体に甲冑をつけて登場しています。

冬の陣、夏の陣と家康を相手に暴れまくり、悩ませ続けますが

目の見える総大将がいない悲しさ、やがて討死、大阪城も

落ちてしまいます。

しかし兄の信幸は幕府の中でもしっかり存在感を発揮し

明治まで続く松代藩の基礎をかためます。

現在まで続く質実剛健の土地柄はこのようにして出来たようです。

鉄鍋遊び

連休中日、Mっくんがスタッフとして毎年参加している

COOK OFF JAPAN in KANSAIのイベント、

東播磨日時計の丘公園キャンプ場で開かれる

クックオフをのぞいて来た。

なんのこっちゃ、そうです、関西に住むダッヂオーブンの

愛好家たちが一堂に会し、お互いの料理を食べ合い、

ほめ合い、けなし合い、レシピを盗み合いするというもの。

Photo_4

Photo

おまけにカントリー、ジャグ、ブルーグラスなどの生演奏も

聞こえてくるという、よだれの出そうな、いやほんとに出てくる

楽しいイベントです。

                                    

土日で開かれ、日曜日が本番ということでこの日にお邪魔

しましたが、実際楽しいのは土曜日の方らしい。

そらそうだわ、キャンプしながらダッチで料理を作り、楽器を

さわりながら音楽を聴きながら、好きな酒を飲んで

騒ぐんだから、こりゃ天国ですな。

さて日曜日の本番も始まった。

Photo_2

メインのテントの下には

テーブルが並べられ、

ここに各自が作った力作を

持って行くと

「出来ましたよ~」

の合図の鐘が鳴らされる。

Photo_3

すると鍋のまわりには

撮影班がまちかまえ、

各テントからは食器を

持ってみんな飛び出してきて

料理にありつこうと

長蛇の列を作る。

準備が整ったところで鉄鍋の蓋が取られると、もわっと湯気が

立ち上り、すばらしい香りがあたりに広がる。

簡単な料理の説明の後、並んだ人に少しずつ分けられる。

量は、鍋一個分の料理ですからたかが知れています。

当然、途中で売り切れ、あたらない人も出てきます。

これがまたくやしい。

人気のあるシェフが作る料理には出来上がりそうな時から

みんな当たりをつけて、ちらちら見張っています。

いざ鉄鍋を持っていこうとすると、持っていく鍋の後に

すでに行列が出来、まるでブレーメンの音楽隊のように

ぞろぞろと、前のテーブルへ。

さすがにみんな気合が入っていますので、どれもこれも

おいしくいただけます。

まぁ、中には例外もありますが・・・。

ざっと、あげてみると、豚角煮、もつ煮込、豚足煮込、

ミネストローネ、うなぎせいろ蒸し、サンゲタン、

ローストポーク、チキンから揚げ、栗おこわ、

まるごとキャベツと自家製ベーコンのスープ、

かぼちゃのシチュー、すじコン、グリルドチキン、

丸ごとかぼちゃプリン、ドリア等々。

そしてMっくんは、オクラ饅頭の山葵あんかけ。

オリーブオイル、にんにく、バターをふんだんに使った

濃いめの料理が多い中、さっぱりと和風でほっとする

逸品でした。

ここで一句。

”これでもか 絶品グルメが 並ぶ中

     ビール飲めない これぞ悲しき”

次回の春の時には正式参加で前夜祭だ~っ。

秋の気配

もう10月ですね、秋ですね、でも紅葉にはちょっと早い、

その気配を求めて信州へ行ってきた。

実は、斑尾高原で開かれるトレイルランニングレース 

Madarao Forest Trails 50kmにエントリーしていたので、

これに引っ掛けての信州行でした。

まず目指したのは志賀高原、いわずと知れた東洋の

サンモリッツといわれるスキーのメッカです。

若かりし学生時代以来、スキーでは数知れず訪れている。

ここはグリーンシーズンも数多くの池のまわりには湿原も広がり

植物も多彩なすばらしいトレッキングコースが網の目のように

はりめぐらされています。

その中で、有名な草津温泉へ向かう途中にある横手山を目指す。

ここは志賀高原の最高峰であり、美しい樹氷でも有名なところ、

そして日本一高いところにあるパン屋さんでも知られています。

駐車場からスカイレータとPhoto_2

リフトであっという間に山頂へ。

                               

                                

                             

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横手山山頂ヒュッテ、これがそのパン屋さんです。

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山頂から広がる妙高や南アルプスの絶景を見ながら、

ボルシチとパンをいただく。 至福の時ですな。

                        

                          

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何もかも35年前に来た時より立派にきれいになっていますね。

あたりまえか・・・。

志賀高原の美を眺めながら斑尾へ向かいます。 Photo_14

熊の湯近くのほたる温泉の源泉、平床大噴泉

                              

                               

                              

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美しい白樺林

                               

                             

                             

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一沼は色づきかけています。

                                  

                               

                               

なかなか前へ進みませんが、今日中にレース受付、コース説明

があるので早々に斑尾へ向かう。

このレースはラントレ関西からも多数出場するし、ボランティア

の参加も多く、5Aと呼ばれる第五エイドはラントレ関西の担当

のようだ。 これは楽しみ。

会場へ到着するとすでに知った顔がうろうろしている。

久しぶりに見る顔もあり、気持ちも盛り上がってくる。

そうこうする内、夕食代わりの前夜祭。

料理は明日のレースの燃料ですから炭水化物系、焼そば、

パスタなどがたっぷり、量で文句は言わせないぞの気合が

感じられる。

みんなうまかったなぁ、特に信州サーモンでしたね。

ビールやワインもたっぷり、しかしさすがに泥酔する奴は

いません。

あまった物を少しいただいて帰りましたが・・・。

ペンションに戻りましたが、寝るだけでは少しさみしいので

広間でテレビを見ておられたオーナーの奥様の所へ

お邪魔していろいろ話をうかがいました。

スキー人口の減少によってペンションの経営も大変なようです。

確かに閉めてしまって使われていないペンションも数多く

見受けられるし、だから信越五岳や今回の斑尾のような

トレイルランニングに対する期待はかなりあるようですね。

またカルチャー的な話もうかがい、創作人形作家の

高橋まゆみさんを応援されているようで、近くにある彼女の

人形館を紹介されました。

ちなみに彼女は「徹子の部屋」にも出演されたそうです。

田舎のおばあちゃんのごく日常の表情がいきいきと

描かれていて

印象的でした。

さて当日、50キロのスタートは6時30分、

私は今回はいろいろ寄道

するつもりで15キロにエントリー、こっちは7時30分。

5時30分から昨日と同じ会場で朝食をいただく。

50キロのスタートがせまってくる。

だんだん緊張感がただよいだす。

山のレースではこの緊張感とともに、どんなトレイルかな、

どんな絶景が見れるのかな、

どんな森を走れるのかな、というワクワク感がみんなの顔に出てきて50k

結構にこにこしている。 これがいいですね。

50Kスタート。

1時間してこっちもスタートです。

実は最近腰痛がひどく2~3週間まったく走っていない。

走れるかどうかもわからなかったが、何とか行けるようだ。

15キロだとさすがにみんな一生懸命走ります。

トップのペースも速い。

写真を撮りながらのんびり行こうかとも思っていましたが

やっぱりあおられぎみに頑張って走ってしまいました。

走れることは走れるがなんかの拍子に急に足の力が

抜けることがある。

やっぱり普通じゃない感じだ・・・。

でも3年前にも見たブナの森のトレイルはやっぱり最高です。

ふかふかの腐葉土の道、裸足でも走れそうだ。Photo_10

希望湖に出た。

                               

                               

                            

いつまでも走っていたいと思っていると5Aのエイドだ。

ほんとにラントレ関西だらけ、これはいい、TMっちゃんと

ひと言ふた言、話してスポドリをいただいて早々に

通過しましたが、テンションは上がります。

あっという間にゴール。

やはり15キロではここはすこし物足りないですね。

50キロの連中のゴールはまだまだ先なので、

申し訳ないけどお先に失礼します。

斑尾高原ホテルで汗を流し、近くで見つけた蕎麦屋さんへ。

水蕎麦だって。Photo_12 

氷の入った水の中に蕎麦が泳いでます。

蕎麦の味だけを楽しんでくださいとのこと。

ちょっとパフォーマンス的な感じもしますね。

もう少したってから新蕎麦でいただけば香りも

良くてもっとうまかったかもね。

でも地野菜のてんぷらも美味しく蕎麦ともよくあっていました。

さて以前から行きたかった松代の町へ・・・。  

                       (つづく)

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