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たつの市潮と梅の香マラソン

なにわののマラソンフリークが大阪国際女子マラソンに

沸き立つか、大阪ハーフを走っているかというその日、

兵庫県は播州たつの市御津で開かれる

潮と梅の香マラソンに参加した。

春のフルに向けてハーフを1~2本走っておきたい

ということだけだったんですが、なかなか面白い

マラソン行となりました。

御津は梅が有名なところでいくつかの大きな梅林が広がって

います。

この梅林と美しい瀬戸内海の間を走るハーフマラソンです。

距離は他にも2キロ、3キロ、5キロ、10キロとあり、

地元の小学生や中学生、高校生もわんさか出場する

にぎやかな大会でした。

特に5キロは高校駅伝で有名な報徳学園や西脇工業の

陸上部員がずらり、これはきっと全国レベルなんでしょうね。

とにかく寒かった。

スタート時の気温ははっきりはわからないですが、氷点下1~2℃

ではなかったでしょうか。

御津運動場がスタート、ゴールですが、まずは国道250号線を

西へ向かう。

このあたりに梅園が広がっているそうですが、季節的に

まだまだのようです。

すぐ海沿いの道へ出て、しばらく行って折り返し、

御津運動場前まで戻って11キロ、今度は東へ向かい揖保川を

南下、多分埋め立てられた田園地帯だと思うんですが、

つまりは吹きっさらし、西からの横風にあおられ走りにくいこと

この上ない。

体重の軽い女性など、堤防から川へ転げ落ちそう。

ようやく海まで出ると今度はその風を正面から受ける、

進まな~い。

海は水もきれいだし、天気さえ良ければすばらしい景色が

広がっているとは思うですが・・・。

そこを抜けるともう残り3キロほど、あっという間に

ゴールでした。

さてさてこの日のお楽しみのもうひとつは牡蠣まつり。

マラソン会場のすぐそばの広場に御津や少し西の室津から

水産業者がとれたての牡蠣を思いっきりの安価で投げ売り、

もちろん他にも魚やえびなども売ってるし、地元の野菜なども

並んでいる。ちょっとした卸売市場ですな。

おまけに焼牡蠣、牡蠣汁、並んでいる食材を使った料理まで・・・、

イタリアンまであるでよ。どこも長蛇の列です。

こっちが走っている間に、嫁は牡蠣や海老をしこたま

仕入れたあと、そんな料理もねらって行列に並んでいたらしいが

売り切れ続出で悔しい思いをしたらしい。

この日の晩飯は牡蠣尽くしでした。

生牡蠣、焼牡蠣、しらさ海老の刺身、あくる日まで口の中が

牡蠣でした。

そしてマラソン会場の露店にはなんと姫路駅の駅そばが

出ている。

かん水を利用した中華そばに近い黄そばを普通の

うどんそばのかつおだしで食べるちょっと変わったそばですが、

若かりし学生時代、帰りの電車に乗る前にこのそばをかきこみ、

電車に飛び乗ったものです。

腹ペコの時間帯だったからか妙にうまかった懐かしい味は

そのままです。

しかしこの寒さでか、だしが少しぬるかった・・・。

そして当時は80円か90円だったのですがここでは

350円でした、時代ですなぁ。

腹ごしらえして人心地ついた後、室津へ行ってみた。

この室津、現在は坂越、相生などと並び牡蠣で有名な漁港のうちの

ひとつでしかありませんが、港としての歴史は古く、奈良時代まで

さかのぼります。

P10007291

寺院の開基や橋や治水

などの土木工事に多大な

功績のあった奈良時代の

僧"行基″が       

湊の整備にも名を残しています。

摂播五泊といって摂津から播磨にかけて五つの泊まり(湊)を

整備しています。

川尻(尼崎)、大輪田(兵庫)、魚住(明石)、韓(的形)、

そして室生(室津)の五つです。

この室というのは三方を山に囲まれ、海がどんなに荒れていても

ここだけは室のように静かだという所からこの名があるそうです。

天然の良港ということですな。

以来海の駅として発展します。

そしてその最盛期はやはり江戸時代、この室津は空前の

賑わいを見せます。

1宿1本陣が原則の本陣がこの室津には六つもあったのです。

本陣とは大名や旗本、幕府役人、勅使などの宿泊所として

指定された家で、この室津では紀伊国屋、薩摩屋など商人の

邸宅であったようです。

そんな豪商の内、江戸末期から明治にかけて廻船業で

財を成した嶋屋の建物が海駅館という資料館になっています。

P10007301

面白いのは朝鮮通信使

饗応料理や参勤交代の

大名に出された献立の

模型がありそれを実際に

ここで食べることも

出来るそうです。

他にも魚屋という豪商の家を利用した民俗館もあるようですね。

この室津港の南の入口には賀茂神社が鎮座しています。

京都の上賀茂神社と同じ造りで同じ祭神をまつり、

紋章も同じ双葉葵。

1180年、高倉天皇が厳島神社へ行幸の時、室津に立ち寄り、

この神社に詣でた時に「こんな田舎に京がある」と

言わしめたとか・・・。

当時からそれほど立派な神社だったようです。

さらにこの神社には平清盛、足利尊氏、義満など歴史上の

そうそうたる人物たちが訪れているようです。

ほんとこんな田舎にねぇ・・・。

かのシーボルトはこの神社からの播磨灘のながめを絶賛

しています。

またこの神社の中にあるソテツは群生林としては北限に

あたる為、県の天然記念物に指定されているそうです。

そして神社自体は国の重要文化財にも指定されています。

もうひとつの国の重文が見性寺にある木造毘沙門天像。

これは通常は公開はされておらず春のお彼岸の頃だけ

公開されるそうです。

また井原西鶴が”好色五人女”で小説に、近松門左衛門が

浄瑠璃にしたお夏清十郎の物語、もとは実在の事件だった

ようですが、姫路の豪商の娘お夏と恋仲になる清十郎の

出身地がここ室津です。

P10007321

他にも法然上人が創建した

25霊場のひとつ浄運寺が

あったり、木曽義仲の夫人

であった友君がこの地で

遊女になったとか、

はたまた遊女発祥の地はこの室津であるとか、

大坂城築造に使おうとした巨石をこの室津の湊で落として

しまったとか、ほんとねたには事欠きませんね。

また文学の方でも西鶴、近松はむろんのこと、古くは

山部赤人から、近くは与謝野蕪村、谷崎潤一郎、竹久夢二、

木下杢太郎、平岩弓枝などが室津を愛し足跡も残しています。

かの司馬遼太郎も”街道を行く”のなかで室津を

とりあげています。

P10007311

司馬が室津を訪れた頃は

本陣も朽ち果てかけながらも

残っていたらしい。

いやはや、こんなおもろい

ところだったとは・・・。

きっちり調べてから

来れば良かった。

                  

                                     

ぜひもう一度訪れてみたいところです。

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コメント

ハーフはやめて報徳学園や西脇工業の選手と勝負してみたらよかったのにぃ~!めったにないチャンスですよ!runこのレベルの選手による5kmは、ほとんど全力疾走なんでしょうね。dash見たかった!

牡蠣まつり!なんと素晴らしい響き!shineそういうマラソン大会もいいですねぇ!happy02

たいしょうさん
私も見たかったんですがハーフと10キロの集合がかかっている間にスタートしてあっという間にゴールしてしまいました。
たぶんトップは15分かからないでしょうから、仕方ないですね。
しかし、カキはうまかったー。

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