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日記・コラム・つぶやき

阪神淡路大震災

1995年1月17日5時46分

神戸は、未曾有の大地震に襲われた。

神戸須磨から西宮夙川、宝塚あたりまでが震度7、

わが家のある東灘区も含まれており、この辺では局部的には

震度8にも近かったとする発表もある。

当然、家は全壊。建増ししていた二階建て部分はそのまま

横倒しになり、他の一階部分も、空が見えていたり、壁が

なくなっていたり、これはえらいことになった。

あの重いピアノが数メートル吹っ飛んで倒れている。

家具は倒れているし、床には食器などが散乱。

幸いなことに、小3と幼稚園の子供たちはふすまが落ちてきて

たんこぶを作った程度、嫁が子供たちのところへ行こうとして

床に落ちていたガラスで足裏を切ったくらいで済んだ。

余震が続いていたので、近所の公園へ避難。

みんな集まってきている。まだ家が壊れる音が聞こえてくる。

そんな中、閉じ込められた人の救出も始まる。

しかし手作業では、ほとんど何も出来ないに等しい。

近くに住む両親や、妹夫婦のことが気になって車で見に行く。

みんな多少のけがはあるが無事だった。

これから長い仮住まい生活が始まる。

東灘区の被害

 死者     1471名

 負傷者    3383名

 全焼家屋   327

 半焼家屋    22

 全壊家屋 13687

 半壊家屋  5538

死者の中には、近くに住んでいた同級生の親御さんがいる、

幼稚園に行っていた娘の同級生がいる、

全壊家屋の中にはわが家も含まれている。

数字で表せばこれだけのことだが、毎年この日がくると

やりきれない思いがよみがえる。

世の中では、この震災もそろそろ歴史のうちに入っていきつつ

あるようだが、体験した人間にとってはぜんぜん終わっていない。

今日も朝のランニングのコース沿いでいろいろな行事が

開かれていた。  あの日と同じすごい寒さの中で。

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