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ランニング

「いつかレースを・・・」がこんなんになりました

12年ほど前にランニングを始めた。

5年くらいたって「楽ラン」ができて仲間ができた。

その時にいつか自分たちでレースを作りたいなぁという

話をした。

そのうちトレイルのほうに興味が移ってハセツネは出たけれど、

トレイルのレースというものに?を持ってしまった。

そんなときにまりもさんに誘われて、もっくんとやってみた

ロゲイニングというゲーム。 面白かった。

ひたすら走りまくるだけではない戦略性やアイデア、

もちろん地図の知識、地形を読む技術が必要なゲーム。

これは、はまりました。

ただこれも大勢人を集めて山へ入るということに変わりはない。

地図を読める奴ほど藪へ突入する。

たぶん今あちこちで開かれているすべてのロゲイニングでも

問題を抱えていると思う。

そんな時、ラントレ関西でたいしょうさんやひろひろさんが

京都の街中でのロゲイニングを開催した。

この時は参加できなかったが、そういう意味の問題は

少ないやり方だ。

これはいただき!

神戸でやってみよう。

都合のいいことに神戸にはおバカという冠はつくが頼りになる

弟が二人もいる。

さっそく声をかけると二つ返事で、「やろう、やろう。」

こういうお遊びにはすぐ食いついてくる。

さあそれからは山へ行かない休日は神戸の街をあっちへ

うろうろ、こっちへうろうろ。

もちろんランニングのついでの時もあるし、ただポイントを

見つけに歩くこともある、時には車で行ってナビを

見ながら位置を確認したりしたことも・・・。

そのうち嫁も興味を示し、これにしよう、あそこがいい、

もちろんネットで史跡などは調べまくるし、そのうち4人で

集めたポイントを地図に落として見ると、赤い丸で

神戸中がまっかっか。

200ポイントを超えてたかも。

でもこの作業はほんとに楽しかった。

何十年と神戸に住んでいても、なんと神戸を知らないか、

歴史好きを自称していてもなんと神戸の歴史を知らないか。

そういう知らないものを知る楽しみ、そしてどれだけ見つけにくい

ポイントを見つけるかという意地の悪い楽しみ、

またそういうポイントを見つけた時の笑顔を想像する楽しみ、

この何カ月はあっという間。

ポイントも絞り込み、最終段階に入ってくると、ボガさんと

嫁とが力を発揮。

手前みそですがこの二人の事務能力はかなりのもんです。

飲んでばかりであんまり物事が決まらない打ち合わせも

最後には必死でした。

そして当日。

ドタキャンもなく28チーム、八十数名もが参加してくれました。

体調不良で1チームだけ棄権されましたが、事故もなく

無事終了できました。

記録の集計ではもっくんが力を発揮。

みんながお風呂に入っているわずかの時間に集計、

まとめたものをホワイトボードに掲示できるところまで

やってもらいました。それに優勝、準優勝のカップは

もっくんの自作です。

今週あちこちへの書込みでも

「楽しかった」という言葉を多数拝見して

やってよかったなぁとしみじみ感じています。

ボガさん、もっくん、ご苦労様でした。

もっくんの奥さま、うちの嫁はんにもありがとうです。

突然の助っ人、しょ君もね。

第二回はあるのかな?

KOTBで廣峯ロゲイニング

久しぶりにロゲイニングに参加した。

今年は箕面のロゲインが開催されなかった。

理由はわかりませんが、ある限られた山の中にかなりの

人数が入って競技を行うというのは、やはりいろいろ問題が

出てくるのでしょう。

面白い競技であるし、最近かなり広がりも見せているので

これからはやり方を考えて行かなくちゃね。

今回は姫路の広峰山。

廣峯神社の周辺で行われた。

このあたりをフィールドにしているアドベンチャーレーサーの

人たちが主催です。

最近アドベンチャーレースを志向しているもっくんの

お誘いでした。

わがチーム名は KOBE OBAKA THREE BROTHERS

いつもの三人です。

集合場所の廣峯神社の駐車場に到着。

Photo

若干気がかりは空模様、ときどきぽつぽつしている。

ガスも出てきた、濃霧注意報も出ている。

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参道の大鳥居、なかなか立派です。

廣峯神社は天平年間にもその名が見受けられるほど

古くから信仰された神社です。



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天平の時代、唐より帰国した吉備真備がこのあたりを

通った時に神威を感じ、時の聖武天皇に報告、

翌年、今の奥の院にあたる白幣山に創建。

さらに後年、現在の位置に遷座し、今に至ります。

稲作の豊饒を願う広峯信仰が盛んになり、農業の神として

崇拝されてきました。

面白いのは京都の八坂神社に分祠したという説があり

どちらが本社?という争いが古くから続いており

今もなおくすぶり続けているそうです。


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瓦葺の拝殿


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檜皮葺の本殿。

今年になって、祭りのとき、火渡り式の火の粉が屋根に燃え移り、

危うく国の重要文化財を失うところだったそうな。

祭りに火は付きものだし、難しいところですね。

さてさて、スタートが近づきます。

15分前から地図が配られます。

山の地図の中に○と数字が書き込んであります。

○がポイントの位置、数字が得点です。

三十数か所に20~110点が設定されています。

全部取れば2000点。

遠いところ、高いところ、見つけにくいところは当然点数が

高くなります。

自分やチームの走力を考えながらどういう順番でどのあたりを

狙っていくか、戦略を立てます。

今回見たところ、西側の一番遠いところに

110点の高得点があるが、そのまわりの

ポイントの点数や、距離を考えて、

西半分を捨てることにする。

中央を北上し、東回りで南下して戻ってきてゴールへ

という作戦でスタート。

走れ!走れ!

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とはいえトップを走る三男は萩往還や奥熊野や鯖街道

など山の長距離を走りまわっている猛者。

二番手も練習もあんまりせんくせにフルを

3時間そこそこで走るランナー、

少し腰の具合が悪そうですが・・・。

この二人について行くのはかなり辛い。



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今回はフォトロゲなので、あらかじめ決められたアングルで

写真を撮ってくればポイントゲット。


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さて次は・・・。


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ゴール近くにけっこう立派な梅園があった。

上品な香りがただよっています。

ちょっとほっとしますね。

そろそろ制限時間の三時間がせまってきた。

オーバーすると1分につき100点の減点。

苦労してとったポイントが吹っ飛んでいきます。

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ゴール後は写真をチェックして得点を確定します。

結果は976点で3位入賞でした。

今まで良いところまでいったのに数点で4位に甘んじたのが

2回も続いていたのでこの入賞はうれしかった。

この後は神戸のロゲイニングの宣伝などもさせてもらい

終了となりました。

姫路で銭湯を見つけてさっぱりしてから神戸まで戻り

毎度のことながら三人でおバカぶりを発揮してから

解散でした。

やはり走力が落ちているのを痛感、気候も良くなってきたし

もう少し六甲も走ろうかな。

ABC篠山マラソン

今年も篠山マラソンを走った。

初フルこそ、ここではなかったけれど篠山でマラソンを

覚えていった気がする。

モチベーションが高かったのは福知山のほうだが、たいてい

入れ込みすぎで失敗することが多かったような・・・。

だからベストが出るのはいつも力が適当に抜けた篠山でした。

そんな相性もあるし、篠山という地域自体のファンでもあるので、

篠山マラソンはできるだけ走りたいマラソンです。

ただ今はやりの都市型マラソンのように制限時間が7時間

というような大会ではなく5時間ほどでゴールしなければ

ならない。

最近の走行距離からすればそろそろ微妙なタイムに

なってきている。

もちろんオーバーペースはタブー、

下手をすれば途中棄権もありうる。

かといってあまりにゆっくりだと関門に引っかかる。

うまく走らないとゴールできない。

朝六時過ぎに出発、7時過ぎには到着し、

まあまあ会場に近い駐車場に入れた。

とりあえず受付を済まそうと会場へ向かう。

今日は寒い・・・。おまけに天気が心配だ。

昨日の天気予報では夕方から雨ということだったので

安心していたが会場で聞くと天気の崩れが早くなって

いるようだ、昼から雨らしい。気分はどんより。

車に戻り身支度を始める。

だささで有名な参加賞のTシャツは今年はちょっとましなよう。

ゼッケンと計測用のチップを付けるとすこしぶらぶら散策。

小西の黒豆パンが開いていたら土産にしようと

思っていたが、本日マラソンにつき、開店が10時だと。

選手には買わさないということか?

仕方が無いので別の店で買いましたが、

やはりもうひとつだった。

そろそろ荷物を預けてスタート地点に向かう。

まずは10時40分に登録の部のスタート、

10分遅れて未登録の部。

ゴールの制限時間は5時間10分、つまりゴールは16時まで。

でも本当に厳しいのは36.3キロの関門、

ここの閉鎖が15時10分、ここで毎年数々のドラマが生まれる。

ABCでは芸人や素人さんなどに密着して放送していますが、

ここを通過できるかどうかを、大きなテーマにしている。

ここをクリアできれば後は少々歩いてもゴールできる。

今年は普通に走れば大丈夫とは思っているが、

何かあった時には一番に気にしなければならない関門です。

序盤はとにかく足のばねを使わないようにだけ心がけて走る。

足を使うな、足を使うなと唱えながら進む。

スタートからしばらくは市街地なので応援も多くにぎやか。

しかししばらくするとパラパラしてきた。

えぇ~っ、もう?雪であればまだいいのですが

この寒さで雨はかなわん。

凍えるレースになるようだ。

薄いジャケットですが持っていて正解。

スタートから会場より西方面をうろうろした後、

東に向かいだすところに西紀中学があります。 

毎年ここでブラスバンド部が演奏で応援してくれている

のですが今年は雨のせいか、生徒たちが並んで

声をかけて応援しているだけ。

ちょっとがっくり、今年も「負けないで」を聞きたかった。

もう少し先には篠山鳳鳴高校がある。

ここもブラバンの演奏、いつもの「ランナー」が聞けた。 

音楽の応援、いいですなぁ~。

この辺はだんだら登りが続く、

やはり足を使うなのお題目を唱えて進む。

しばらく田舎道です。

そろそろ24キロ地点、しし汁のエイドがあるはずだが

飲み物しか置いてない。

どうやら売り切れのようです。

4時間台後半ぐらいのゴール予定のランナーには

あたらないようですな。

食べ物の少ない篠山マラソンですが、

せめて一番の売りのしし汁ぐらい、ちゃんと

人数分欲しいですな。

もうひとつのしし汁エイドに期待しよう。

この辺から折り返してきたランナーとの対面通行になる。

楽ランの連中とも何人かすれ違う。

こういうのは力になります。

しし汁が見えてきた、ここは折り返してきた後の

エイドですが、ここもきっと売り切れになると思うので

今のうちにいただいてしまう。

寒い雨で冷え切った体には何よりのご馳走でした。

しかしこの道は強くは無いがずっと向かい風、

濡れた体がどんどん冷えていく。

手もかじかむし、はおっているジャケットの中まで

びしょびしょ、寒いぃぃぃぃ。

やっと折り返し、追い風になって少しましになるが、

そろそろ足にきだしている。

最終の例のエイドは大丈夫なようだが、終盤ペースを

上げてやろうと思っていたができるかな?

その前に楽ランの私設エイドが34キロ地点にあるはず、

そこでエネルギー補給して気持ちも立て直そう。

しし汁エイドが近づいてきた、

おっ、まだ食べてるやつがいる。

まだあるのかと一瞬喜んだが、

なんと最後の一杯だったようです。

往きしに食べておいて大正解でした。

そして楽ランエイドに到着、さすがにこの時間になると

あんまり残ってないね。

でもちゃんとジャンさんを待っててくれたよ。 ごちそうさん!

気持ちも切り替えてラストがんばろう。

あと8キロ、エイドとしては絶妙の位置ですね。

すこしペースも上げ、といっても知れてるけど・・・、

リズムで押していく。

この辺になるともう半分以上歩いているやつがいるから、

走ってさえいればごぼう抜き状態。

たぶんこの数キロで順位は何百番かは上がったでしょう。

そしてようやくゴールです。

ネット4時間46分、ほとんど練習していない今としては

上出来のタイムでした。

結構練習していた神戸の時よりもタイムとしては上。

突っ込んで撃沈より、やっぱりイーブンペースが

速いということですな。

こんな走り方ならもうしばらくやれそうな

自信もできたような・・・。

でもやっぱりもう少し練習だけはしないとね。

しかしゴールの後、そのままずぶぬれの体で

しし汁コーナーに並んでいる人がいっぱいいたけど、

あったまるより先に風邪ひいちゃうよ。

こっちはさっさと荷物を取りにいって車へ引き上げ

着替える。

天気がよければ篠山ファンとしては、

少しぶらぶらしたいけど

こんな天気だし、今日はさっさと帰ろう。

写真がなくてすみません。

比良白滝谷、最高!

さてお盆第2段は、比良山へ出張る。

最近、トレイルランにハマリまくりのがみちゃんと、

腰が不調気味のボガさんと一緒に湖西線志賀駅から出発、

ロード3キロ弱をとことこ走る。

暑いですけど、ウォーミングアップとしてはちょうどいいかもね。

比良の山はどこから上がっても六甲などと比べると、

直登気味で険しく、かなり時間を食うし、走れる足を残して

おこうと、ズボラ?かましてロープウェイで打見山まで登る。

歩いて上がれば2時間のところわずか5分ほど。

気温も一気に下がって30数度の地獄から

19度の極楽へと変わる。

さわやかな楽園の風に接して今日はここで遊ぼう

なんていっているやつは誰だ。

蓬莱山までもう少し登ります。

ここは琵琶湖バレー、冬にはスキー場になるところです。

蓬莱山頂から打見山

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グリーンシーズンにはスライダーやZIPラインアドベンチャー、

リフトを利用しての高原散策などでかなりの人が訪れています。

ただ残念なことに天気が曇り気味で山上付近はガスも出て

ほとんど見通しが利かない。

琵琶湖や対岸の山まで一望できる絶景は見れませんでした。

それどころかガスに包まれると真っ白、走る道を探すのも

苦労しそうだ。

しばらく高原の空気を楽しんだ後、さあ、走ろう。

比良でも極上の沢といわれる白滝谷へ向かう。

スキー場の看板がちらほら見えるところを下っていきます。

冬にはここはゲレンデですね。

林間コースといったところか。

汁谷のキャンプ場を過ぎるといきなりしっとりとした

谷の風景へと変わった。

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沢へ降りて手をつけると凍えるほどの冷たさ、

頭からかぶると息が止まりそうだ。

気持ちいい・・・。  期待が膨らみます。

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沢にかかる橋、なかなかいい感じ。

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だんだん谷が深くなる。       

澄んだ流れ、淵が続く。

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やがて休憩小屋を過ぎると少し寄り道して夫婦滝。

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ここから牛コバまでの白滝谷が圧巻の渓流美。

ほんとこれはすばらしい、苔むした岩、思わず

飛び込みたくような淀みもあれば、音を立てて流れる急流、

大岩や小滝の連続。

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道全体としては、なだらかな下り基調。

いちおう走れるが道自体は岩場やトリッキーながれ場、

片側が崖だったり、踏み跡の分かりにくいところもあり

走って下るにはかなり技術が必要です。

しかし、その分めちゃくちゃ楽しい。

思わず声をあげるような景色が次から次へと続く。

すごい、わぁお、へーっ、走りながら叫びまくっていました。

走るか、景色を見るか、どっちかにせいと言われそう。

やがてちょっとした広場のような所へ出た。

牛コバのようです。

いやぁー、この白滝谷の下りはいい。最高です。

さてここから大橋へ向かいます。

途中まで摺鉢山への尾根に乗るのですが、これがかなりの急登。

みんな寡黙になって黙々と登ります。

やがて尾根から外れ、トラバース気味に沢へ近いていきます。

ここは奥の深谷と呼ばれるところ。

沢へ出たところでお昼にします。

とりあえず流れに身を浸す。
                                                                      

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汗まみれでほてりまくった体もあっという間に冷えて

凍えてしまう、寒い。

水温はかなり低いようです。

腹ごしらえして大橋、金糞峠方面へ向かいます。
                                                          

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森は相変わらず素晴らしい顔を見せていてくれます。

この道もだらだら登りですが、沢沿いを何回も渡渉を

繰り返しながら進みます。

たぶんこの日はトゥエンティクロス以上はしたと思います。

余裕があれば武奈ヶ岳もねらっていましたが、時間も

押してきたので、ヤクモ池からカラ岳、釈迦岳へ向かいます。

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比良スキー場跡。

ゲレンデやリフトの跡だけが見えます。

このころから異常に虫たちが多くなってくる。

アブ、ハエ、カ、ハチなど、うようよしています。

一人当たり十数匹連れてあるいている感じです。

止まると大変なので、カラ岳、釈迦岳頂上も早々に退散。

釈迦岳の急坂を下りていきます。

ここも急ですね。

登ることを考えるとぞっとします。

ガミちゃんはひざのサスペンションがへたってきたそうだし、

ボガさんは腹具合がおかしいらしい。

だいぶ疲れてきましたね。

ようやく舗装路へ出て、走ったり、歩いたりしながら

比良トピアに到着です。

今回は走ろうとした時の比良の山の嶮しさ、奥深さ、そして

素晴らしさをたっぷり堪能したトレランでした。

皆様、お疲れさんでした。

六甲山水晶谷

先週に引続き六甲探検トレイルラン。

今日のルートは登りも下りもほとんど初めての道で組んでみた。

阪急六甲から車道をケーブル下駅まで登る。

そして表六甲ドライブウェイに入りますがここからは弁天滝という

立派な滝も見れるんですよ。ただコンクリート部分があったり

電気の配管が見えていたりで少し興ざめですが・・・。

さてドライブウェイの新道と旧道の交差点の信号あたりから

登山道へ入ります。

Photo

このルートはアイスロードと

いって、昔、山上付近にあった

氷室から氷を切り出して街へ

運んだルートなんですが、

やはり明治期の外国人たちに

よって名付けられたんで

しょうね。          

昔のロープウェイの駅の

跡とかコンクリートのトンネルだとか、茶屋跡だとか

かなりにぎわった道のようですが、最近は途中まで

車道を歩くこともあってあまり利用はされないようです。

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でも谷へ入っていくと

なかなか雰囲気のある

気持ちのいい道です。

                 

                                  

標高が上ってくると建物がちらちら散見される。

企業の山荘や別荘が密集する中を抜けると

山上道路へ出た。白菊大善社の前だ。

山上道路を突っ切ってシュラインロードへ入る。

この道も外人さんの命名ですね。

道沿いのいたるところに小さな石仏が数知れずあります。

そこから名付けられたようです。

Photo_2

厳密に言うと神社ではなく

仏さんなんですが・・・。

神道がらみもあるからいいか、

この辺は日本人も

いい加減ですからね。

途中には役の行者ゆかりの行者堂もあり、この道を通って

六甲山の歴史に興味を持つ人もたくさんいるそうです。

これを神戸電鉄唐櫃台付近まで下ってしまうと、ここから

逢ヶ山方面へ登り返す。方向で言うと有馬方面ですな。

植林の山のようですがつづら折れの険しい登りが続く。

ようやくピーク(722m)に到着するもまったく展望は利かない。

ただの杉林の中でした。

日の当たる広場でおにぎりを食す。

しかしやはり裏六甲は寒い。あっという間に体が冷え、

指先がかじかんできた。早々に出発です。

植林帯と自然林の境目辺りを歩く、

次のピークは高尾山(739m)。

少々走っても登っても指先の感覚が戻らない。

やがて湯槽谷峠へ出る。

ここは紅葉谷道の西側の尾根になります。

裏六甲縦走路とも呼ばれるところだ。

有馬から来るとなかなか厳しい道です。

少し下ったあと快適に走れる道を越えると山上道路への

最後の登り、番匠屋畑尾根だ、ここも階段が辛いですね。

この辺りは日が当たりにくいのでまだうっすら雪が

残っています。

てなわけで極楽茶屋跡に到着。

さて本日のメインディッシュ。

またまた難ルートの一つ水晶谷をねらう。

極楽茶屋から少し西に下り口があるはずだが

なかなか見つからない。工事で置かれた砕石で

見にくくなっていた。

さぁ突入だ。先週もそうだったがかすかな踏み跡と

たまに出てくるリボンやテープを頼りに下っていく。

しばらくすると大きな水音。そうです、水晶大滝。

Photo_3 この時期、水量が少ないので

大滝と呼ばれる貫禄は

ありませんが、水量があれば

迫力は想像できる。

しかし水量が増えれば

この沢にも来にくくなるから

なかなか見るのは

難しいかも。

                  

                    

さらに下っていく。がれた沢を歩き、飛び石の上をわたる。

Photo_4

トゥエンティークロスを

はるかに超える渡渉を

繰り返しながら

                  

                              

2_2 砂防ダム、堰堤を超える

巻道を探す。

見つけたらほとんどが

急こう配のがけ登り

取り付けられている鎖、

ロープ、ワイヤーなどを

つたって、なかばぶら下りながらの下降。

半分ええ加減にせぇよと思いながら、半分おもしろがりながら、

下っていくとようやく見覚えのある道へ出た。

以前に水晶谷をねらって登った時に藪漕ぎになって反対側の

道へ出てしまったことがあったんですが、その時に取りついた

道だ。

ここまでくればすぐ住吉道だ。

ホッとしつつも名残惜しい所もありながら、走りだす。

住吉道から黒五谷、打越峠から八幡谷を経て

岡本八幡神社へ出てくる。

探検トレイルラン病みつきになりそう。

たつの市潮と梅の香マラソン

なにわののマラソンフリークが大阪国際女子マラソンに

沸き立つか、大阪ハーフを走っているかというその日、

兵庫県は播州たつの市御津で開かれる

潮と梅の香マラソンに参加した。

春のフルに向けてハーフを1~2本走っておきたい

ということだけだったんですが、なかなか面白い

マラソン行となりました。

御津は梅が有名なところでいくつかの大きな梅林が広がって

います。

この梅林と美しい瀬戸内海の間を走るハーフマラソンです。

距離は他にも2キロ、3キロ、5キロ、10キロとあり、

地元の小学生や中学生、高校生もわんさか出場する

にぎやかな大会でした。

特に5キロは高校駅伝で有名な報徳学園や西脇工業の

陸上部員がずらり、これはきっと全国レベルなんでしょうね。

とにかく寒かった。

スタート時の気温ははっきりはわからないですが、氷点下1~2℃

ではなかったでしょうか。

御津運動場がスタート、ゴールですが、まずは国道250号線を

西へ向かう。

このあたりに梅園が広がっているそうですが、季節的に

まだまだのようです。

すぐ海沿いの道へ出て、しばらく行って折り返し、

御津運動場前まで戻って11キロ、今度は東へ向かい揖保川を

南下、多分埋め立てられた田園地帯だと思うんですが、

つまりは吹きっさらし、西からの横風にあおられ走りにくいこと

この上ない。

体重の軽い女性など、堤防から川へ転げ落ちそう。

ようやく海まで出ると今度はその風を正面から受ける、

進まな~い。

海は水もきれいだし、天気さえ良ければすばらしい景色が

広がっているとは思うですが・・・。

そこを抜けるともう残り3キロほど、あっという間に

ゴールでした。

さてさてこの日のお楽しみのもうひとつは牡蠣まつり。

マラソン会場のすぐそばの広場に御津や少し西の室津から

水産業者がとれたての牡蠣を思いっきりの安価で投げ売り、

もちろん他にも魚やえびなども売ってるし、地元の野菜なども

並んでいる。ちょっとした卸売市場ですな。

おまけに焼牡蠣、牡蠣汁、並んでいる食材を使った料理まで・・・、

イタリアンまであるでよ。どこも長蛇の列です。

こっちが走っている間に、嫁は牡蠣や海老をしこたま

仕入れたあと、そんな料理もねらって行列に並んでいたらしいが

売り切れ続出で悔しい思いをしたらしい。

この日の晩飯は牡蠣尽くしでした。

生牡蠣、焼牡蠣、しらさ海老の刺身、あくる日まで口の中が

牡蠣でした。

そしてマラソン会場の露店にはなんと姫路駅の駅そばが

出ている。

かん水を利用した中華そばに近い黄そばを普通の

うどんそばのかつおだしで食べるちょっと変わったそばですが、

若かりし学生時代、帰りの電車に乗る前にこのそばをかきこみ、

電車に飛び乗ったものです。

腹ペコの時間帯だったからか妙にうまかった懐かしい味は

そのままです。

しかしこの寒さでか、だしが少しぬるかった・・・。

そして当時は80円か90円だったのですがここでは

350円でした、時代ですなぁ。

腹ごしらえして人心地ついた後、室津へ行ってみた。

この室津、現在は坂越、相生などと並び牡蠣で有名な漁港のうちの

ひとつでしかありませんが、港としての歴史は古く、奈良時代まで

さかのぼります。

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寺院の開基や橋や治水

などの土木工事に多大な

功績のあった奈良時代の

僧"行基″が       

湊の整備にも名を残しています。

摂播五泊といって摂津から播磨にかけて五つの泊まり(湊)を

整備しています。

川尻(尼崎)、大輪田(兵庫)、魚住(明石)、韓(的形)、

そして室生(室津)の五つです。

この室というのは三方を山に囲まれ、海がどんなに荒れていても

ここだけは室のように静かだという所からこの名があるそうです。

天然の良港ということですな。

以来海の駅として発展します。

そしてその最盛期はやはり江戸時代、この室津は空前の

賑わいを見せます。

1宿1本陣が原則の本陣がこの室津には六つもあったのです。

本陣とは大名や旗本、幕府役人、勅使などの宿泊所として

指定された家で、この室津では紀伊国屋、薩摩屋など商人の

邸宅であったようです。

そんな豪商の内、江戸末期から明治にかけて廻船業で

財を成した嶋屋の建物が海駅館という資料館になっています。

P10007301

面白いのは朝鮮通信使

饗応料理や参勤交代の

大名に出された献立の

模型がありそれを実際に

ここで食べることも

出来るそうです。

他にも魚屋という豪商の家を利用した民俗館もあるようですね。

この室津港の南の入口には賀茂神社が鎮座しています。

京都の上賀茂神社と同じ造りで同じ祭神をまつり、

紋章も同じ双葉葵。

1180年、高倉天皇が厳島神社へ行幸の時、室津に立ち寄り、

この神社に詣でた時に「こんな田舎に京がある」と

言わしめたとか・・・。

当時からそれほど立派な神社だったようです。

さらにこの神社には平清盛、足利尊氏、義満など歴史上の

そうそうたる人物たちが訪れているようです。

ほんとこんな田舎にねぇ・・・。

かのシーボルトはこの神社からの播磨灘のながめを絶賛

しています。

またこの神社の中にあるソテツは群生林としては北限に

あたる為、県の天然記念物に指定されているそうです。

そして神社自体は国の重要文化財にも指定されています。

もうひとつの国の重文が見性寺にある木造毘沙門天像。

これは通常は公開はされておらず春のお彼岸の頃だけ

公開されるそうです。

また井原西鶴が”好色五人女”で小説に、近松門左衛門が

浄瑠璃にしたお夏清十郎の物語、もとは実在の事件だった

ようですが、姫路の豪商の娘お夏と恋仲になる清十郎の

出身地がここ室津です。

P10007321

他にも法然上人が創建した

25霊場のひとつ浄運寺が

あったり、木曽義仲の夫人

であった友君がこの地で

遊女になったとか、

はたまた遊女発祥の地はこの室津であるとか、

大坂城築造に使おうとした巨石をこの室津の湊で落として

しまったとか、ほんとねたには事欠きませんね。

また文学の方でも西鶴、近松はむろんのこと、古くは

山部赤人から、近くは与謝野蕪村、谷崎潤一郎、竹久夢二、

木下杢太郎、平岩弓枝などが室津を愛し足跡も残しています。

かの司馬遼太郎も”街道を行く”のなかで室津を

とりあげています。

P10007311

司馬が室津を訪れた頃は

本陣も朽ち果てかけながらも

残っていたらしい。

いやはや、こんなおもろい

ところだったとは・・・。

きっちり調べてから

来れば良かった。

                  

                                     

ぜひもう一度訪れてみたいところです。

秋の気配

もう10月ですね、秋ですね、でも紅葉にはちょっと早い、

その気配を求めて信州へ行ってきた。

実は、斑尾高原で開かれるトレイルランニングレース 

Madarao Forest Trails 50kmにエントリーしていたので、

これに引っ掛けての信州行でした。

まず目指したのは志賀高原、いわずと知れた東洋の

サンモリッツといわれるスキーのメッカです。

若かりし学生時代以来、スキーでは数知れず訪れている。

ここはグリーンシーズンも数多くの池のまわりには湿原も広がり

植物も多彩なすばらしいトレッキングコースが網の目のように

はりめぐらされています。

その中で、有名な草津温泉へ向かう途中にある横手山を目指す。

ここは志賀高原の最高峰であり、美しい樹氷でも有名なところ、

そして日本一高いところにあるパン屋さんでも知られています。

駐車場からスカイレータとPhoto_2

リフトであっという間に山頂へ。

                               

                                

                             

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横手山山頂ヒュッテ、これがそのパン屋さんです。

                                Photo_13

 

Photo_7

山頂から広がる妙高や南アルプスの絶景を見ながら、

ボルシチとパンをいただく。 至福の時ですな。

                        

                          

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何もかも35年前に来た時より立派にきれいになっていますね。

あたりまえか・・・。

志賀高原の美を眺めながら斑尾へ向かいます。 Photo_14

熊の湯近くのほたる温泉の源泉、平床大噴泉

                              

                               

                              

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美しい白樺林

                               

                             

                             

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一沼は色づきかけています。

                                  

                               

                               

なかなか前へ進みませんが、今日中にレース受付、コース説明

があるので早々に斑尾へ向かう。

このレースはラントレ関西からも多数出場するし、ボランティア

の参加も多く、5Aと呼ばれる第五エイドはラントレ関西の担当

のようだ。 これは楽しみ。

会場へ到着するとすでに知った顔がうろうろしている。

久しぶりに見る顔もあり、気持ちも盛り上がってくる。

そうこうする内、夕食代わりの前夜祭。

料理は明日のレースの燃料ですから炭水化物系、焼そば、

パスタなどがたっぷり、量で文句は言わせないぞの気合が

感じられる。

みんなうまかったなぁ、特に信州サーモンでしたね。

ビールやワインもたっぷり、しかしさすがに泥酔する奴は

いません。

あまった物を少しいただいて帰りましたが・・・。

ペンションに戻りましたが、寝るだけでは少しさみしいので

広間でテレビを見ておられたオーナーの奥様の所へ

お邪魔していろいろ話をうかがいました。

スキー人口の減少によってペンションの経営も大変なようです。

確かに閉めてしまって使われていないペンションも数多く

見受けられるし、だから信越五岳や今回の斑尾のような

トレイルランニングに対する期待はかなりあるようですね。

またカルチャー的な話もうかがい、創作人形作家の

高橋まゆみさんを応援されているようで、近くにある彼女の

人形館を紹介されました。

ちなみに彼女は「徹子の部屋」にも出演されたそうです。

田舎のおばあちゃんのごく日常の表情がいきいきと

描かれていて

印象的でした。

さて当日、50キロのスタートは6時30分、

私は今回はいろいろ寄道

するつもりで15キロにエントリー、こっちは7時30分。

5時30分から昨日と同じ会場で朝食をいただく。

50キロのスタートがせまってくる。

だんだん緊張感がただよいだす。

山のレースではこの緊張感とともに、どんなトレイルかな、

どんな絶景が見れるのかな、

どんな森を走れるのかな、というワクワク感がみんなの顔に出てきて50k

結構にこにこしている。 これがいいですね。

50Kスタート。

1時間してこっちもスタートです。

実は最近腰痛がひどく2~3週間まったく走っていない。

走れるかどうかもわからなかったが、何とか行けるようだ。

15キロだとさすがにみんな一生懸命走ります。

トップのペースも速い。

写真を撮りながらのんびり行こうかとも思っていましたが

やっぱりあおられぎみに頑張って走ってしまいました。

走れることは走れるがなんかの拍子に急に足の力が

抜けることがある。

やっぱり普通じゃない感じだ・・・。

でも3年前にも見たブナの森のトレイルはやっぱり最高です。

ふかふかの腐葉土の道、裸足でも走れそうだ。Photo_10

希望湖に出た。

                               

                               

                            

いつまでも走っていたいと思っていると5Aのエイドだ。

ほんとにラントレ関西だらけ、これはいい、TMっちゃんと

ひと言ふた言、話してスポドリをいただいて早々に

通過しましたが、テンションは上がります。

あっという間にゴール。

やはり15キロではここはすこし物足りないですね。

50キロの連中のゴールはまだまだ先なので、

申し訳ないけどお先に失礼します。

斑尾高原ホテルで汗を流し、近くで見つけた蕎麦屋さんへ。

水蕎麦だって。Photo_12 

氷の入った水の中に蕎麦が泳いでます。

蕎麦の味だけを楽しんでくださいとのこと。

ちょっとパフォーマンス的な感じもしますね。

もう少したってから新蕎麦でいただけば香りも

良くてもっとうまかったかもね。

でも地野菜のてんぷらも美味しく蕎麦ともよくあっていました。

さて以前から行きたかった松代の町へ・・・。  

                       (つづく)

サバイバルゲーム"全縦"

以前から、今度の九月にギリシャのスパルタスロンに参戦する

Kやんから六甲全山縦走往復に付き合えと言われていた。

というのは昨年、全日本山岳耐久レースに出場する為の練習

として、Mっくんと一緒にやったことがあり、今年はその三人で

やろうかと言っていたのだが、諸事情により通常のワンウェイ

コースでやることになった。

とはいえ真夏の全縦は過酷な道程である事にかわりはない。

一応イベントとして立ち上げると、物好きが9人集まった。

京都からの参加もあったので集合は7時10分。

加藤文太郎の故事にならい、スタートは塩屋。

天気は曇り、直射日光がないのはありがたいが、湿気がすごい。

山道に入り、登りが続きだすと汗が吹き出してくる。

ハイドレに3Lはかついでいるが、これに何回補給することに

なるか・・・。

旗振山、鉄拐山、おらが茶屋、栂尾山、横尾山、須磨アルプス、

東山と進んでいくが、Mさんの様子がおかしい、

ずるずる遅れ気味。

妙法寺のコンビニ前で休憩したが、高取山をやっと越え、

丸山市街から鵯越、菊水山へかかる頃には、階段の手すりに

ぶら下がってよじ登っている状態、これは無理だ。

どうにか菊水は登ったが、ここから鈴蘭台方面への下山を

お願いした。

さあ今度は鍋蓋だ、ここの登りも確実に太ももを痛めつける登り。

ここではTさんがやられる。

どうにか市ヶ原までたどり着きここでリタイヤ。

この時Mっくんも一緒に下りるとのこと。

聞くと昨日、自転車で淡一(淡路島一周)をやったらしい。

さすがの超人Mっくんも満足に下れないとの事。

いよいよ、サバイバルゲームになってきた。残るは6人。

次は摩耶山、縦走路中最大の難所だ。

稲妻坂、天狗坂の連続は確実に脚が減っていく。

今回、初めての試みでトレラン用のポールを使ってみた。

SINANOの13.6mmの120cm、重量は137g、通常の登山用のストックに

比べると半分程度の重さだ。

もちろんストックとしての規格上の強度はなく、購入する時も

体重をかけないでくださいと言われた。

しかしトレイルランナーなどある程度脚力を持っている人間が

登り用の補助としてならば十分に使える。

この摩耶山の登りも比較的楽に登れたところを見ると

六甲縦走などのようにアップダウンが多く距離があるときなどは

登りに対してはかなり有効なようだ。

ただ、両手がふさがるわけだから取り回しはかなりストレスを

感じる。そして、一番気になったのはこれを持っていると下りに

スピードを上げようとする時に、足の置き場所を探す集中力が

かなり阻害される気がする。

またポール自身に脚を引っ掛けるような気もして

すこし恐怖感を持った。

ということで使い方を考えていけばなかなか有効なアイテムでは

あるように思う。

まあこんな物を使わなくても良いぐらい脚を鍛えなさい

と言うことも出来るが・・・。

さて摩耶山の上で一人、過ぎてからアゴニー坂にかかったところで

また一人脱落、4人になった。

オテル・ド・摩耶で風呂に入って下山するんだろうなぁ、

とすこしうらやましがりながら道程を進めます。

さすがにKやんともう一人100キロサブテン狙いの

Miさんは強い。 どんどん飛ばします。

あと一人のTちゃんは練習不足だそうでなかなか苦しそうだが

がんばっています。

こっちもあんまり余裕はない。

大谷乗越を越えたあたりから脚に痙攣しそうないやな感じが

広がっている。

予防しようと思い、痙攣止めの漢方薬や小梅干を3個食べる。

これが間違いだったのか、しばらくすると左足の痙攣。

電解質の濃度が上った為に余計に脱水を助長したと思われる。

この辺まで来ると塩分と水分のバランスが大切なようだ。

結局この4人で最後まで。

給水は全部で6L、食べた物はおにぎり5個、パワージェル1個、

10秒飯1個、ソイジョイ1個、自家製小梅干5~6個、

同じく自家製蜂蜜レモンをフラスコ半分、コカコーラ1缶、

お茶500CCでした。

宝塚で軽く一杯やって解散でした。 

今度はもう少しいい季節にやりましょう。

お疲れ様でした。

梅雨にもめげずに六甲山、晴れ男、晴れ女求む

うっとおしい天気が続きますね。

楽ランにトレイルイベント立ち上げたものの、天気予報を

みては、一喜一憂の毎日。

雨だ、曇りだ、晴れだ、また雨だ。

天気予報はころころ変わる。

結局雨か曇りかよくわからない天気、降水確率

30~50%。 雷はなさそうなので決行する。

今回は東六甲を攻める、夙川を北上して北山の植物園

から、北山ダムへ、鷲林寺から観音山へ登り、奥池へ

降りる。

蛇谷を登り、土樋割り峠から蛇谷北山を越えて

石の宝殿へ。

ここから縦走路を宝塚へ下る約20キロのコースです。

今回はラントレ関西からも若干名参加いただき

総勢20名の団体さん。

夙川駅に集合したのは16名、あとの4名はプレ・ラン

と称して本番の前に8キロほど山を走っている。

ようやる・・・。 しかしちょっと遅れているようだ。

とりあえず苦楽園まで進み、到着を待つ。

全員そろったところで簡単に自己紹介をしてから

進みます。

まずは北山の植物園まで、この季節けっこうお花が

きれいなので記念撮影・・・、あちゃぁ、充電していた

カメラの電池を入れてくるのを忘れてる。  

というわけで今回は写真なし。

Bガさんにお願いしてパチリ。

北山ダムへ向かう道はちょっとしたトレイル。

雨はしれているが道は川や池になっている。

ダムについた頃にはみんなトレイルシューズの

色が変わっている。 

水道もあったので一服しながら泥落とし。

ここから少し舗装路を行くと鷲林寺。

山号に六甲山の名がつくお寺です。

この鷲林寺、なかなか古いお寺で、時代時代で

いろいろ話が残っているようなので紹介しますと、

833年、淳和天皇の勅願にて弘法大師空海による

開基とされています。

空海がこのあたりに観音霊場を建立しようとしていると

廣田神社にてお告げがあり、西の山に向かう。

すると口から火を吐く大鷲が現れ、行く手を阻む。

空海は加持祈祷によりこの大鷲を桜の霊木に

封じ込めた。

すると観音様が現れたので、その姿を写してその桜の

霊木にて十一面観世音菩薩像を刻み、寺号を

鷲林寺と名付けたそうです。

その後、貴族寺院として大変栄え、一時は寺領

70町歩、塔頭76坊の大寺院に成長する。

しかし戦国時代ごろには寺領は取られてしまい、また

荒木村重を攻めた織田信長に焼かれてしまった

そうです。

その時、有馬温泉まで逃げた僧侶たちが坊と呼ばれる

温泉宿を造ったとも言われています。

その後、小さなお堂を造り観音堂としましたが、住職も

いない時代が長く続き、復興は昭和の時代まで

待たなければならなかったようです。

また面白いところでは、武田信玄が得度した時の

頭髪を埋めたといわれる七重の石塔もあります。

なんで信玄やねん?

といいたくなりますが、その石塔も信玄の時代よりも

はるかに古いものだということもわかっています。

いにしえの人もいろいろ話を作ってくれるようです。

さてさて、鷲林寺を過ぎると観音山への登りです。

なかなか急な登り応えのある道です。

汗が吹き出します。

登り始めにはちらちら見えていた西宮の市街も頂上に

近づく頃にはガスだらけで真っ白、何にも見えません。

そろそろ腹ペコな奴も出てきたようなので、奥池まで

急ぎます。

観音山からの下りは走れる下り、気持ちよく走れる

はずが、そこかしこで池や川になっている。

よけて走っていたが、だんだんどうでも良くなってきて

ばしゃばしゃ走り出す。 これもまた気持ちいい。

ちょっと痙攣を起こした方もおられましたが、

がんばりましょう。

奥池でお昼、ここもガスで真っ白。

あやうく道を間違いそうになる。

それぞれおにぎりなどをぱくついたあと、水分の補給、

トイレ(有料です。山のトイレなのでご協力

お願いします)をすませて、さぁ最後の登りだ。

住宅街を抜け、舗装路を少し登っていくと、土樋割峠に

出ます。

ドビワリ峠と読みます。何かありそうな地名でしょ。

昔ある旱魃の年に芦屋川が枯れてしまったことが

ありました。

困った芦屋の住人たちが芦屋川の上流を調べていると、

この峠の反対側に川が流れているのを見つけた。

この川から土樋を通す工事をして芦屋川の支流、

蛇谷へ水を導いた。

しかしこの川は住吉川の支流だったので、今度は

住吉川の水量が減ってしまった。

怒った住吉川の住民たちはこの土樋を壊してしまう。

すると芦屋の住人たちはお恐れながらと奉行所へ

訴え出る。  大騒動になってしまいました。

何とか話はまとまったようですが、この故事にちなみ、

この峠を土樋割峠と呼ぶようになったそうです。

ここから蛇谷北山への登り、ここもかなりの急登。

これを越えればすぐに石の宝殿。

ここはもともと修験道の道場だったようです。

近世では雨乞い場、今でも神社として機能しています。

石の宝殿といえば加古川の方ではJRの駅名にも

なっているし、金剛山にもあるようですね。

大きな石を見ると日本人は神を感じるようです。

さあここからは六甲全山縦走の終盤の下り道。

皆さんよれよれになりながら下っていくところですが、

今日の距離ぐらいだと足は十分残っていますから、

絶好の楽しめる下りです。

しかし、先ほど痙攣をおこしていたYuさんがここで、

エスケープルートを行くことに。

ワンダーフォーゲルをやっておられた山女さんと

聞いていましたが、今日は少し不調のようです。

しばらく先頭で下っていましたが、そろそろ

Mっくん先生に下りのお手本を見せてもらおうと、

先頭を譲りスイーパーへ。

下り好きの山男、山女たちがMっくんにへばりつくように

続いていく。 ついて行くのは大変だぞ。

怪我をしないように!

そんなこんなで宝塚へ到着。

ナチュールスパで汗を流し、駅近くの珉珉にて

打ち上げ。

結構な人数にもかかわらず、大きな怪我もなく、

終了できました。 みんないろいろフォローありがとね。

また行きましょう。

地下足袋王子杯つるぎトレイルランニングレースin那賀

”なかはなかなかいいいなか”

道路わきにある案内板にこう書いてあった。

どう読むかというと、”那賀はなかなか良い田舎”

その通り、那賀は良いところでした。

が、レースの方はさんざんでした。

2、3日前から風邪気味だったので見送る事も考えたのですが、

剣山、ジロウギュウを見れると思い、参加することに。

しかし走ってみると体は動かず、数少ないトレイルでつまずいて

転倒、両膝打撲、つま先とふくらはぎが何故かしびれている。

おまけに顔を土に突っ込み、メガネがいがむし、しばらく

動けない。

ようやく痛みも治まって動き出しはしたものの、延々続く林道に

こころは折れてしまいました。

非舗装率95%とはいえ、ほとんどが硬くつきかためられた土と

砕石だらけの林道ではつらすぎる。

ふと気がつけば第1関門の制限時間と距離を計算すると

微妙なところまで追い込まれてしまっていた。

気をとり直して走り出すが、36キロの関門手前も長く続く

だらだら登りの林道、数分でしたが間に合いませんでした。

関門タイムアウトは初めての経験ですが、悔しいというか

今回は何しに来たのかという思いです。

体調不良の中、楽しみにしていた数少ないトレイルにも

入りも出来ずに帰ることになってしまった。

体調管理をちゃんと出来なかった自業自得ではあるけれど、

精神的なタフさも要求されるコースですね。

もう一度このコースを走ることはないとは思うけど

剣山、ジロウギュウには登りに来たいな。

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