キャンプの前に醒ヶ井
楽ランのイベントで滋賀県は米原のグリーンパーク山東へ
キャンプに行ってきた。
ダッチオーブン料理で宴会やって、あくる日は長浜で開かれる
琵琶湖ジョギングコンサートに出場しようという企画。
その名の通り3キロと10キロのジョギングと高石ともやの
コンサートがひっついた大会で、マラソンといわずジョギング
と銘うってる通り、真夏の暑い時、がんばらずに湖東長浜の
景色を楽しみながらジョギングしようという大会です。
参加賞は月並みなTシャツだが、お土産にもらえる土地名産の
ぶどうと高石ともやのコンサートにつられて結構人気の
高い大会で、今年も3000人ちかくが参加していた。
宴会の方は全部で五つあったダッチオーブンからくりだされる
数々の料理と、ビール、シャンパン、ワイン、焼酎と次々に
空いていくお酒、ギターとバンジョーと三線と音の方も
たっぷり、ちょっと騒ぎ過ぎでクレームも有ったとか無かったとか、
幸い出入禁止にはなりませんでしたが・・・。
この宴会とジョギングコンサートはさておき、このキャンプ場へ
行く前に、米原インターのそばに醒ヶ井という旧中仙道の
宿場町に寄って、観光マラニックをやってみた。
この町がなかなか面白かったので紹介します。
ここは嫁が行きたいといっていたので寄ってみたのだが、
少し先に出ていたBさんも誘って3人でうろうろすることに。
醒ヶ井の宿、お江戸は日本橋から数えて61番目の
宿場ですJR醒ヶ井駅の駐車場に車を止め、
売店で地図を手に入れ出発。
小さな町だからすぐ廻りきって
しまうかもなどと言いながら
走り出す。
まずは松尾寺、道端に普通に建っている古い民家
というたたずまいだが、説明を見ると寺の中には
国の重要文化財、滋賀県の指定文化財、
米原市の指定文化財がごろごろしている。
次に出てきたのが明治の建物らしきこれ。
現在は醒ヶ井の宿の資料館、
元々は郵便局だったらしい。
そしてこれを設計したのが
ウイリアム・メレル・
ヴォーリス、滋賀県へくると所々でよく耳にする名前です。
一番有名なのはあのメンソレータムを作っていた近江兄弟社の
創設者の一人です。
多彩な才能の持ち主だったらしく、英語の教師として来日したが
宣教師、実業家、医療、建築設計と、その業績は多岐にわたる。
特に彼が建築家として設計した建物は当時の最先端であり
名建築とされているものが多い。
それは全国に及び、よく走りに行く六甲山では、山上の
神戸ゴルフクラブのクラブハウスは彼の設計だし、山上に
点在する別荘の中にも彼の設計による物が多い。
大阪の心斎橋の大丸もそうであるし、少し前に残す
残さないで大問題になった豊郷小学校の校舎も
ヴォーリス建築である。なかなかたいしたおっさんだ。
ということでここ醒ヶ井の郵便局も彼の作品でした。
小さな町だが見所がいっぱい、走っている暇が無い。
醒ヶ井は湧き水の町、
あるが、この水が
とてつもなくきれい、
冷たく澄み切った水だ。
十王水、高僧浄蔵法師が
水源を開いたそうな。
きれいな水にしか生えない
という梅花藻がいっぱい、
花が咲いているものもある。
またこの清水には全国でもこの辺りと岐阜県の東部
でしか生息が確認されていない
水温20℃以上では
生きれないそうだから
水が湧き出すところから
遠くへは離れることが
できない。寿命の1~2年を湧き水の廻りで過ごすようだ。
もちろん絶滅危惧種です。
さて次は了徳寺の御葉付銀杏、なんと銀杏の木が天然記念物?
ふつうの銀杏とは違い
枝が垂れている、
珍しい銀杏なんででしょうね。
川の上はすごく涼しい。
中仙道、
実はここ醒ヶ井という地名は
ヤマトタケルの故事が
由来となっている。
神武以来、欠史八代を経て実在の最初の天皇といわれる
崇神天皇、その後、垂仁、景行と続くが、この景行を
父とするのがヤマトタケルノミコト。
日本武尊、倭建命などと書くが、実の兄を
殺してしまったとか、乱暴者としての逸話を
たくさん持つ人である。
そして彼の足跡も全国に数多く残されている。
九州から東遷してきて奈良に入ったヤマトが全国に勢力を
拡大する戦いを担ったんでしょうね。
九州から東国まで戦い続けた彼は最後に伊吹山の神々と
戦うことになる。神々といっても多分この辺りに勢力を張る
豪族なんだと思いますが・・・。
しかしこれがかなりの強敵だったようで、彼は傷つき
高熱を発して、ここ醒ヶ井の辺りにたどり着いたらしい。
そして気を失ってしまった彼はここに湧き出す泉によって
目を醒ましたと伝えられている。
そしてここから大和を目指したがすでに病を得ていた彼は
帰り着くことなく三重で終焉を迎えたといわれている。
その泉が居醒の清水、
醒ヶ井という地名もここから。
また彼が腰掛けた岩、
鞍を置いた岩なども
残されている。
もう少し行くとこんな石碑、
醒ヶ井の宿の東の入口です。
さあ引き返して今度は西へ向かう。
西行水(泡子塚)
伝説では、西行法師
東遊のとき、この泉の畔で
休憩されたところ、
茶店の娘が西行に恋をし、
西行の立った後に飲み残しの茶の泡を飲むと不思議にも
懐妊し、男の子を出産。
その後西行法師が関東からの帰途またこの茶店で休憩したとき、
娘よりことの一部始終を聞いた法師は、児を熟視して
「今一滴の泡変じてこれ児をなる、
もし我が子ならば元の泡に帰れ」と祈り、
水上は 清き流れの醒井に 浮世の垢をすすぎてやみん
と詠むと、児は忽ち消えて、元の泡になりました。
西行は実に我が児なりと、この所に石塔を建てたということです。
今もこの辺の小字名を児醒井といいます。
伝説はこうですが事実はどうだったんだろうかと想像すると
彼の呼んだ歌の通り、法師といいつつ浮世の垢をいつまでも
ぬぐいきれない罪作りな一人の男が浮かんできました。
宿場はすぐに抜けてしまった
ので3キロほどいくと
養鱒場があるというので
足をのばすことに。
するとそこへ向かう道にはやたら木彫りの文字が・・・。
この辺りは仏壇などを作る為に木彫りの技術者たちが
作った集落らしい。
少し仕事場をのぞく。
いぼとり地蔵だって。
霊仙山登山道。なかなか面白そう、走れるかな。
峡谷を川に沿って登っていくと養鱒場に到着。
そろそろ腹減った状態
なのですぐに引き返す。
醒ヶ井の駅までかえりお昼を食べよう。
駅前には水の宿駅といって近所のお母さん、おばあちゃんたちが
作るお惣菜をバイキングで食べさしてくれるところがある。
これといって特別の料理ではないが食材の味を生かして、
どれも普通においしい。
車運転中なのでビールを飲めないのが思いっきりつらかった。
さあ、キャンプ場へ突撃だ。
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